IRPC Public Company Limited
バッチ重合プロセスにおける反応温度制御性能を改善、運転員のスキルに依存しない高品質な生産を実現
東南アジア地域において石油・石油化学事業を展開するIRPCでは、自動車の内外装品の部材などに用いられるABS樹脂の製造をDCSで自動化しています。しかし、その製品品質を左右する重合反応温度の微調整をオペレータが頻繁に行っていました。そこで、アズビルが開発したAI(人工知能)を使った制御性能最適化設計ツールを導入。品種とレシピ、バッチ回数などの製造条件に合わせた適切な制御方法をシミュレーション、DCSに設定することで、品質向上やオペレータの作業負荷軽減、省エネルギーにつながっています。
工場・プラント分野 石油・石油化学 自動車 省エネルギー コスト削減 品質管理 稼働改善 海外 運転監視・制御システム&ソフトウェア
熟練オペレータの退職などによる人的リソース不足が課題に
タイ王国エネルギー省管轄の国有企業であるPTT Public Company Limited(タイ石油公開株式会社)傘下のグループ企業で、東南アジア有数のコンビナート地区であるタイ・ラヨーン県に本社を置くIRPC Public Company Limited(IRPC公開株式会社)は、石油・石油化学事業を中心に展開し、自社の競争力強化に向けた新製品の研究開発、そして地球環境に貢献すべく生産革新に取り組んでいます。
同社の生産拠点であるラヨーンプラントの石油精製工場は、1日あたり215,000バレルの精製能力を備え、液化石油ガス(LPG)、ナフサ、ガソリンなど様々な石油製品を生産しており、それらを原料に、同敷地内の石油化学プラントでプラスチック樹脂などの石油化学製品を製造しています。その主力製品の一つが自動車の内外装や電子機器、家電製品などの部材として需要の高いABS*1です。
同社では、高い耐衝撃性、光沢性、耐熱性など、それぞれに独自の特性を備えた多品種のABSを生産しています。ABSを生産するバッチ*2重合*3プロセスでは、レシピ*4に沿って反応温度を適切に制御することで品質の高いプラスチック特性が得られるため、重合反応熱の温度制御が非常に重要となります。
「ABSの生産工程では複数の重合反応器をオペレータ一人で監視、調整しており、すべての反応温度の安定性を維持することは非常に難しい状況でした」(Sanya氏)
「これまでは経験値の高い熟練オペレータが反応温度変化を予測し、必要に応じてDCS*5を調整することで対応していましたが、そうした経験値の高い人材が退職の時期を迎えています」(Vitit氏)
AIによるシミュレーションで、様々な状況下での適正なPID制御変数を決定
IRPCでは、プラントにおける制御の効率化と人材不足の課題を背景に、これらの課題解決と併せて、生産されるABSのさらなる品質向上を目的とし、生産革新の取組みを開始。同社へABSプラントのライセンスを提供している日本エイアンドエル株式会社のコンサルティングの下、アズビル株式会社およびアズビルタイランド株式会社からのソリューション提案を採用、初めにアズビルタイランドによる調節弁や流量計などの各種現場機器の健全性調査結果に基づき現場機器の整備や交換をしました。次に、アズビル、アズビルタイランド合同で既存DCSの制御性能評価を行った後、その性能改善に着手、IRPCエンジニアやオペレータも加わり制御性能の向上を実現しました。
「アズビルは、日本エイアンドエルでの運転改善で成果を上げており、その実績が決め手となりました」(Sanya氏)
バッチプロセスでは、レシピと、洗浄工程を挟まずに繰り返し行うバッチ運転による反応器内部の状態変化に合わせて、重合反応温度を適切に制御することで、毎バッチで高品質な生産を維持できます。このため現場ではDCSによる自動制御に加えて、熟練オペレータによる手動調整が頻繁に行われていました。
これに対しアズビルは、独自に開発したAIによる制御性能最適化設計ツールを用いて、既存のDCSから運転実績データを取得し、レシピやバッチ回数などを考慮して適正なPID制御*6変数値を算出、既設DCSに提供するシステムを構築しました。AIが算出した値を基に実際のプラントでトライアル運転とチューニングを重ねることで、各品種とも理想に近い運転を実現、品質向上を果たしました。
制御性能最適化設計ツールの画面。反応温度シミュレーションの結果、得られたプロセス値(緑色の線)が、レシピで指定された目標値(オレンジ色の線)の周辺に収まるようにPIDパラメータを調整。
計器室に設置されたアズビルの制御性能最適化設計ツールを操作するエンジニア。既存DCSから収集した運転実績データを確認する様子。
制御性能改善に加えオペレータの負荷も低減
バッチ重合プロセスにおける反応温度制御は、反応器に取り付けられたジャケットにスチームや冷水、さらに冷却が必要な場合には冷却水を送ることで反応熱を調整しています。また、アズビルの詳細な現状分析と助言により、反応状態を見てオペレータが行っていた冷水と冷却水の切替えも自動化でき、オペレータの負荷をさらに削減することができました。
「人による操作の軽減や操作の標準化につながりました」(Ratchanon氏)
「反応温度は安定し、スムーズに推移するようになり、発熱反応中の温度が設定温度を超えてしまうオーバーシュートを防ぐことができています」(Nawaphat氏)
「アズビルのシステムによる適正なPIDパラメータの設定と、冷水、冷却水の自動切替えを行うことで、温度制御のふらつき幅を従来比で40%も減少することができました」(Ratchanon氏)
「反応温度が適正に推移するようになったので、オペレータがすべての反応器の状況を注視している必要はなくなりました」(Vitit氏)
今後、すべての品種に対して、反応温度制御性能の改善を進め、安定した高品質生産、さらには信頼性の向上といった面での効果も期待できます。
「今回のABSプラントに限らず、今後当社ではすべての生産活動において、より洗練された最新のデジタルテクノロジーの活用を通じたプロセス変革を実践していきたいと考えています。それに向けてアズビルには、引き続き有効なソリューションの提案をお願いできればと考えています」(Sanya氏)
用語解説
※1 ABS(Acrylonitrile Butadiene Styrene)
アクリロニトリル(A)、ブタジエン(B)、スチレン(S)という3種類の単量体(モノマー)から構成される熱可塑性樹脂。熱や衝撃に強く、加工性、デザイン性にも優れている。
※2 バッチ
装置内の内容物を毎回すべて入れ替える運転方式で、一つ以上の設備を用いて、あらかじめ定められた時間内に所定の原料などを供給し、順序付けられた一連の製造手順を実行することによって製品を製造する。
※3 重合
重合体(ポリマー)の合成を目的とした一群の化学反応の呼称。単量体(モノマー)を二つ以上結合して、もとのものより分子量の大きい化合物である高分子物質(重合体)をつくること。
※4 レシピ
化学プラントの特性を反映した作業手順をレシピとして記述する。レシピの指示どおりに処理すれば一定の品質の製品を同一の処理時間で製造することができる。
※5 DCS(Distributed Control System)
分散制御システム。プラント・工場の製造プロセスや生産設備などを監視・制御するための専用システム。構成する各機器がネットワーク上で機能を分散して持つことで、負荷の分散化が図れ、安全でメンテナンス性に優れている。
※6 PID制御
フィードバック制御の基礎的な手法であり、入力値の制御を出力値と目標値との偏差、その積分、および微分の三つの要素によって行う方法。
お客さま紹介
Senior Manager
Styrenics & Aromatics Process Technology Division
Sanya Tepsirisoontorn 氏
Engineer
Styrenics & Aromatics Process Technology Division
Vitit Rattanasuwan 氏
Engineer
Styrenics & Aromatics Process Technology Division
Nawaphat Jongpaijit 氏
Engineer
Process Control Technology & Digital Division
Ratchanon Uchin 氏
IRPC Public Company Limited
IRPC Public Company Limited
- 所在地/299 Moo 5, Sukhumvit Rd., Tumbon Chen Nern, Aumphur Rayong, Rayong 21000 Thailand
- 設立/1978年
- 事業内容/石油、石油化学、電力、港湾およびタンクサービスなどの各種事業
この記事は2024年02月に掲載されたものです。