室圧制御
室内で発生する有害物質の拡散防止や室内空間の清浄度管理のために、給気と排気の量を制御して内向きあるいは外向きの一方向気流を作り出すことを目的とした制御。排気が多ければ陰圧となって外部への有害物質の拡散を防止でき、給気が多ければ陽圧となって室内の清浄度を維持できる。
感染症対策として注目、「陰圧」とは何か?
室内に空気を送り込む「給気」と室内から外へ空気を出す「排気」の量を調整することで、部屋の外側から内側に流れ込む、あるいは部屋の内側から外側に流れ出す、空気の流れを制御することができます。それは、空気には圧力の高い方から低い方へ流れるという性質があるからです。
例えば、トイレの臭いが気になるため換気扇を回すとします。すると、換気扇による排気によってトイレの中は室外よりもわずかに圧力が低くなります。これが「陰圧」という状態。トイレの中が陰圧になると、圧力の高いトイレの外(廊下)から圧力の低いトイレ内へと内向きの空気の流れができます。そのため、気になる臭いがトイレの外に漏れ出ることを防ぐことができるのです。
この原理を使えば、「給気」と「排気」の制御によって清浄エリアと汚染エリアとを分けて運用することが可能です。トイレの場合、排気は機械設備(ファン)で行い、給気は自然任せ。これを一般に第三種換気と呼びます。換気にはそのほか、給気のみを機械設備で行う第二種換気や、給気と排気の両方を機械設備で行う第一種換気があります。一般的な住宅などでは第二種換気や第三種換気が多く用いられていますが、医療機関などでは、必要な換気量を維持し、さらに清浄エリアから汚染エリアへ向かって流れる一方向気流を確保するために、第一種換気を用いて給気と排気を行っています。感染症の患者さんの病室においては、ウイルスなどの病原体が外部に漏れ出ないように、室内を陰圧(給気よりも排気が多い状態)にして封じ込めを図り、逆に手術室など、清浄度を高く保ち、ウイルスなどが室内へ侵入しないようにする場合には、室内を陽圧(排気よりも給気が多い状態)にしています。
ウイルス対策とは限らない、室圧制御が必要な場所
このように入ってくる空気(給気)と出ていく空気(排気)のバランスを調整して、陰圧ないし陽圧を作り出すことを「室圧制御」と呼びます。しかし、室内の気圧については、例えば「陰圧の部屋の気圧を大気圧と比べて-10Paとする」など、気圧の数値目標を定めて厳しく制御することが必ずしも重要というわけではありません。室圧制御の主目的は、あくまでも室内から外部への有害物質の拡散防止(陰圧)や室内の清浄度の維持(陽圧)ですので、内向きあるいは外向きの一方向気流を保つことが大切なのです。
このような室圧制御を行っている施設は医療施設だけではありません。埃やゴミの侵入を嫌う食品工場や半導体製造工場、臭気が漂うと困るゴミ処理施設など、様々です。中でも、厳格な安全管理が求められる研究施設などでは、出入りの際にドアを開けると室圧が変わってしまうため、前室やエアロック室と呼ばれる小部屋を複数設けて段階的な気圧差を維持することで、一方向気流を維持するような工夫が盛り込まれています。
いざというときのために臨機応変な運用体制が肝要
そのほか、複数の病室を有する病院などで室圧制御に利用されているのが、VAV(Variable Air Volume/可変風量制御方式)ユニット*1です。病棟には給気と排気のダクトが張り巡らされていますが、空気の流れやすさは病室の位置や形状によって差があります。そこで、ダクトにVAVユニットを装着すると、部屋単位で給気と排気の量を正確に制御することが可能となり、安全で安定した室圧環境を維持することができます。つまり、一つひとつの病室に適した室圧制御が可能になるのです。
こうした高度な室圧制御はパンデミック(世界的大流行)対応としても注目されています。新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、感染症病床の不足が取り沙汰されました。医療の提供という観点ではパンデミックに備えるために十分な数の感染症病床を整備しておくことが理想的なのですが、病院経営という観点では平時には使われる見込みの少ない感染症病床を常に多数整備しておくことが難しいという側面もあります。このような状況を踏まえて、いま各所で病室の室圧制御の在り方が見直され始めています。給気と排気の制御システムを取り入れて、部屋単位の室圧制御を可能にすることで、普段は一般病床用として使っていても、いざというときはスイッチ一つで感染症対策用の陰圧病室へと切り替えることができます。パンデミックは起こらないに越したことはありませんが、何が起こるか分からない時代、万全の備えを期待したいところです。
*1: VAV(Variable Air Volume/可変風量制御方式)ユニット
空調の吹出し口からの給気風量や、吸込み口からの排気風量を、自在に設定・制御できるユニット。個別に風量制御がしやすいため、冷暖房能力の調節や室圧制御などに幅広く用いられている。
この記事は2020年10月に掲載されたものです。