ビル管理業務の効率化に貢献するビル向けクラウドサービスの開発
─居住者に快適を提供するテナントサービス機能
キーワード:テナント向けサービス,クラウド,快適性,温冷感申告
以前より提供してきたテナント向けアプリケーション製品「テナントサービスサーバ」を今後、ビル向けクラウドサービスTSとして提供する。クラウド化により、機能の柔軟性や拡張性の向上、および、保守性や情報セキュリティ強度を高めることが出来る。テナント向けサービスの機能および新機能として開発中の居住者からの温冷感申告に対応する空調システムを紹介する。
1.はじめに
環境満足度は,オフィスで働く人(以下,オフィス居住者)の生産性に影響をおよぼす。環境に対する満足度が高いほど,作業成績が高く疲労が少ない,また,同じ温熱環境でも自ら調整した環境の方が(環境選択権がある方が)満足度が高いという結果が報告されている(1) (2) (3)。
アズビルでは,居住者に温冷感や照度といった要素を自ら調整できるようにするため,テナント向けサービスアプリケーション製品を提供してきた。従来の製品は,サーバをビルごとに購入・現地に設置していただき,アプリケーション機能を提供する形態(以下,オンプレミス型)であった。近年,データセンター内で管理するサーバからサービスを提供する形態(以下,クラウド型)のサービスが普及してきている。スマートフォンやSNSの普及に伴い,クラウドサービスへの抵抗が薄れてきている。総務省が公表している平成25年通信利用動向調査(4)において,一部でもクラウドサービスを利用していると回答した企業の割合は33.6%であり,平成24年末の28.0%から5.6ポイント上昇している。クラウドサービスを利用する理由としては,「資産,保守体制を社内に持つ必要がない」「新システムの導入コストが安価」などが挙げられている。そのような背景の中,アズビルとしても,お客様の利便性向上のため,ビルオーナーやテナント向けのアプリケーション機能のクラウド化開発を進めている。
本稿では,ビル向けクラウドサービスTSの基本機能の他,クラウド化開発におけるコンセプト・実現方法および,新機能として開発した温冷感申告システムを紹介する。
2. テナントサービス概要
アズビルが提案している主なテナントサービスを表1に示す。居住者が空調機器や照明を操作できる機能の他,テナントで消費しているエネルギーデータの表示・省エネ法対応の報告書の出力機能を提供する。
表1 テナントサービスの機能
ホーム(ダッシュボード) | 情報一括表示 |
---|---|
天気予報表示 | |
設備操作 | 空調起動・停止 |
照明操作・調光設定 | |
スケジュール予約 (空調時間外運転) | 空調温度設定/空調温冷感申告 |
エネルギー関連 | テナントエネルギー見える化 | 省エネ法対応報告書出力 |
コミュニケーション機能 | ビル管理者からのお知らせ |
管理者用機能 | ユーザー管理 |
テナント管理 |
ログイン後のホームページには,複数の情報把握や各種操作をしやすいような画面(ダッシュボード)を用意した。ホームページの画面例を図1に示す。空調・照明の操作画面や,エネルギー情報・管理者からのお知らせなどを表示する。
図1 ログイン後の画面例
テナントエネルギー表示画面の例を図2に示す。各テナントで利用しているエネルギー量をトレンドグラフで表示する。2期間の比較やデータのCSVファイル出力,グラフのPDF出力が可能である。テナントの省エネルギー啓蒙やエネルギー管理業務の効率化に貢献する。
図2 テナントエネルギー表示画面例
3. クラウドシステム開発
ここでは,テナントサービスのクラウドシステム化へのコンセプトや実現に向け留意した点,およびシステム構成を紹介する。
3.1 開発コンセプト
今回の開発コンセプトを“One to One Comfort (居住者1人ひとりの快適を提供する)” と定義した。より多くのオフィス居住者に利用され,快適さや省エネルギーといった価値を利用者や関係者に提供するシステムの開発を目指した。具体的には,以下の点を意識している。
(1) 個人レベルの快適さの追求
本来は中央集中制御であるシステムを使いつつ,個人レベルの快適さを追求する。
(2)手軽に利用できるサービスの提供
居住者視点を中心としたデザインにより,手軽で操作が分かりやすい機能を,多様な利用環境に提供することで,より多くの居住者に利用してもらうことを目指す。
(3) 居住者とのコミュニケーション向上
居住者とのコミュニケーションを向上させ,1人ひとりに向けたきめ細やかなサービスを提供しやすくする。
3.2 コンセプトの実現
3.2.1 個人レベルの快適さの追求
一般的には指定された室温に向けて空調制御されるが,それが多くの居住者にとって快適な環境とは限らない。同じ温度でも人により「暑い」「寒い」の感じ方が異なる。また,一部の居住者が設定を変えることが不公平感につながる場合がある。そこで,本システムでは,温冷感申告対応空調システムを提案する。この点については後述する。
3.2.2 手軽に利用できるサービスの提供
(1) 身近なツール,多様な利用環境への対応
より多くのユーザーに利用してもらうことや多様な状況で利用してもらうために,テナント向けクラウドサービスは, PCだけでなく,タブレットやスマートフォンからも利用可能とした。特に,スマートフォンは日常において身近なツールであるため,居住エリアの温度設定のような,頻繁で身近な操作を中心に利用されると考え,スマートフォン向けには,シンプルなリモコンのような機能を提供する。ユーザーは,一度,自席の場所(エリア)を登録しておけば,自席の空調の温度設定や運転/停止,照明の照度設定や点灯/消灯がすぐにできる。(図3 スマートフォンの画面イメージ)
PCやタブレット向けには,ダッシュボード画面(前述)により,よく使う場所の現在の状態が表示され,運転/停止操作や温度設定がすぐに操作できるようにした。また,ログイン操作の手間を軽減にするため,一度,ログイン操作をした後の一定期間は,ログイン操作をせずに,ダッシュボード画面が表示可能である。
図3 スマートフォンの画面イメージ
(2) 一般社員が利用できるサービス
従来,テナント向けサービスの利用者は,主に総務部などのテナント内で居住環境を管理している一部の社員(以下,テナント管理者)であり,一般社員には公開されずに運用されているケースが多かった。この理由の1つとして,残業時間帯や休日の空調運転が従量制であるため,テナント管理者は一般社員の操作によって不必要に空調が運転されることを回避し空調運転時間を管理したいことがある。
テナント向けクラウドサービスでは,一般社員が予約可能な時間帯や月間合計運転時間数などを,テナント管理者が制限することを可能とする。図4にスケジュール画面のイメージを示す。これにより,テナント管理者が許容する範囲内で,一般社員は自由に空調を運転させることができるため,テナント管理者の管理業務の負荷が軽減され,一般社員は手軽に快適な環境を得ることができる。
図4 スケジュール 画面イメージ
また,テナント管理者は,一般社員が操作可能な機能や操作可能な機器を制限することができる。機能制限と機器制限は組み合わせて設定が可能であり,従来のシステムに比べてより柔軟な権限設定を可能とした。これによってテナント管理者が最低限必要な操作権限だけを持ったIDを一般社員に提供可能とし,一般社員への利用促進を図る。
一般社員が,テナント向けクラウドサービスを手軽なツールとして利用することで,こまめに不要な照明が消されたり,適切に温度設定が行われ,結果として省エネルギーが図れるといった効果も期待される。
(3) 簡単で分かりやすい操作
図5に,機器状態リストの画面イメージを示す。5段階(低め/やや低め/標準/やや高め/高め)の温度設定を表示している例である。現在の状態を,文字とスライダのポジションで示している。スライダを利用することで,1つの機器の状態が明確となるだけでなく,複数の機器の状態が視覚的に把握しやすくなっている。設定変更は,スライダの移動により可能であり,直感的に操作できる。
機器状態リストは,温度設定だけでなく,空調機器のON/OFFや風量設定,照明の点灯/消灯や照度設定など多様な用途で利用可能である。この例ではスライダを青から赤のグラデーションバーとしているが,風量設定や照度設定などの用途に応じて,適切なスライダを表示できる。設定は,5段階以外の段階にも対応可能であり,スライダでなくコマンドボタン表示にすることも可能である。
図5 機器状態リストの画面イメージ
従来のテナント向けサービスでは,サマリグラフ(平面図)ベースの機能だけであったが,テナント向けクラウドサービスは,サマリグラフベースの機能に加え,機器状態リスト機能をラインナップする。機器状態リスト機能は,サマリグラフに比べてエンジ作業が少ないため導入コストが抑えられる。簡略で低コストなメニューを用意することで中小規模ビルにもテナント向けクラウドサービスを採用していただき,ビルの価値向上に貢献したいと考えている。
3.2.3 居住者とのコミュニケーション向上
ビル管理者からテナントへのお知らせ機能を提供する。ビル管理者とテナントとの双方向コミュニケーション機能も検討している。居住空間における不具合(温冷感クレームや機器交換依頼)などを管理者に容易にシステムを通じて伝えることができる。本機能は現在開発中であり,今後のバージョンアップ時に機能拡張予定である。
3.3 システム構成
図6にクラウドサービスのシステム構成を示す。ビル向けクラウドサービスは,クラウドセンターに設置されるフロントエンドサービスとバックエンドサービス,および,ビル内のBAネットワークに設置されるクラウドゲートウェイにより構成される。
図6 システム構成
フロントエンドサービスは,利用者からのアクセスに対応し,Web画面などを提供する。その際,ビルディングオートメーション(BA)の情報取得や設定変更が必要であれば,バックエンドサービスに要求する。バックエンドサービスは,フロントエンドサービスとクラウドゲートウェイの仲介をする。クラウドゲートウェイは,バックエンドサービスからの要求に応じて,BACnetなどBAネットワーク内のプロトコルを使用し,BA情報取得や設定変更を実施し,結果をバックエンドサービスに返す。
テナント向けクラウドサービスの特長として,ビルの現在の状態をリアルタイムに表示すること,利用者の操作により機器の運転や停止,設定の変更を即時に実行することが挙げられる。従来のオンプレミス型では,システムがBAネットワーク内に設置されていたが,クラウド型では,BAネットワークと専用回線を介しての接続となる。
バックエンドサービスとクラウドゲートウェイは,専用に設計した独自メッセージでの通信とする。本サービスに必要なデータだけを独自メッセージでコンパクトな形式でやりとりすることにより,通信データの軽量化を図ることができる。また並列実行による同時処理性能の向上により,通信の高速性,ひいては利用者に対する応答性を高める。
4. 温冷感申告対応空調システム
個人レベルの快適さの追求のために,ビル向けクラウドサービスTSの一機能として温冷感申告対応空調システムを開発している。居住者からの「暑い」「寒い」といった温冷感申告に基づいて設定値を変更する空調システムである。ここでは,申告手段や基本動作,および居住者からの反応を紹介する。
4.1 申告手段
システムは居住者から「暑い(涼しくしてほしい)」「寒い(暖かくしてほしい)」という要求を受け付ける。その手段としてWeb画面の他,利便性向上のためにPC上やスマートフォン上のアプリケーション(図3)や,個人が携帯できる端末での申告を検討している。
4.2 基本動作
4.2.1 申告への即応性向上
「暑い」申告を受けた際の,設定値の変更方法の例を図7に示す。申告受付後,室温設定値を下げる際,一時的に設定値を大幅に下げた後に所定の設定値とする。通常の制御よりも居住者要求により早く対応させることを狙っている。
図7 暑い申告に対するシステムの挙動
4.2.2 申告内容の判別
食事後や外出先からの帰社後は,代謝量が上がっており暑く感じることが多い。その人・その時間固有の「暑い」という要求に応えて設定値を下げたのち,そのまま放置され,代謝量が落ちたときに寒くなってしまうということも起こりがちである。そこで,その要求を一時的なものか,恒久的なものかを判別し,一時的な要求である場合には,設定値を一定時間経過後に元に戻す機能を持たせている。一時的/恒久的の判別方法としては,環境情報による判別方法,時間帯による判別方法を用意している。
環境情報による判別法の簡易的な例を図8に示す。実際には不快指数や体感温度で判別するがこの例では説明を分かりやすくするために,温度による判別方法で説明する。涼しい(室温が低い)環境で「暑い」という要求がきた場合,その要求はその人固有の要求であり一時的な申告であると判別する。逆に暑い(室温が高い)環境で「暑い」という要求がきた場合には,恒久的な申告であると判別する。
図8 環境情報による一時申告/恒久申告の判別
時間帯による判別法の例を図9に示す。出勤直後や昼食後など,人の行動により代謝量が一時的に変化している時間帯の申告を一時的な申告であると判別する。
図9 時間帯による一時申告/恒久申告の判別
4.3 居住者の反応
温冷感対応空調システムは新しい試みであるため,実際の居住者がどのように感じるのか確認する必要があった。そこで,2015年8月から当社藤沢テクノセンター内の建物(居住者数約1000名)にシステムを導入し,運用した。その際に実施したアンケート結果を元に考察する。
まず,温冷感を申告する空調システムのコンセプトについて尋ねた結果を図10に示す。結果として,94%の人が良いと回答した。理由としては,「肌で感じる感覚で操作できるのは良い」「暑さ寒さの感じ方は人それぞれなので,自分の感覚を主張することは妥当だと思う」という回答があった。本システムのように温冷感により制御する方法は居住者に受け入れられると言える。
図10 システムのコンセプトについて
申告をしたことがある人を対象に,申告した後に申告通りにシステムが反応し,環境が改善したかどうか尋ねた。結果を図11に示す。59%の人が改善することがあったと回答している。一方で,全く効果がないと回答した人も12%いる。空調システムが既に最大能力で運転している場合など,改善しないこともある。システムがどのように反応したのかをフィードバックする機能が必要である。
図11 申告への反応について
図12に前回と申告内容が異なる割合を示す。全体の申告の中で,90%以上が前回と同様の申告であり,居住者同士で「暑い」「寒い」という申告が,同時に発生する頻度が少ないことを確認した。一定期間の多数決を取る方式ではなく,最新の申告内容に反応する方式で設定値を変更しても良いことが確認できた。
図12 前回の申告と異なる割合
また,他の居住者の申告操作をどう感じるかについて尋ねた結果(図13),「気にならない・分からない」が84%と最も多く,「代わりに操作してくれて満足している」の10%と合わせると90%以上の結果となった。一方で,他の人の操作に不満の人は3%と少なく,実際に操作をしない人にも抵抗感なく許容されていることが分かった。
図13 他人の申告について
5. おわりに
ビル向けクラウドサービスの1つとしてテナントサービス機能を開発した。今後,2016年度からサービスを開始するが,今後も機能追加が容易というクラウドシステムならではのメリットを活かし,より多くの人に利用していただき,居住者一人ひとりの快適を実現できる商品として機能を拡張していく予定である。また,機能の一部として温冷感申告対応空調システムを開発している。居住者からの反応も良く,居住者の快適性向上に貢献するものと信じている。これからもグループ理念である「人を中心としたオートメーション」の下,オフィス居住者の快適性向上のために開発を続けていきたい。
<参考文献>
(1) 川口玄 他:室内環境における知的生産性評価(その8)採涼手法の導入による温熱環境満足度の向上が知的生産性に与える影響,空気調和・衛生工学会学術講演論文集,2008,2015-2018
(2) 野部達夫:快適と省エネの両立を目指して,NEDOZEB・ZEHの最新動向の調査分析ならびに普及に向けた取り組みに関する検討(成果報告会)
http://www.nedo.go.jp/content/100528958.pdf
(3) 空気調和・衛生工学会 温熱環境委員会 我慢をしない省エネへ -夏季オフィスの冷房に関する提言-報告書, 2014
(4) 総務省 平成25年通信利用動向調査
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR201300_002.pdf
<商標>
BACnetは,ASHRAEの商標です。
<著者所属>
山地 和博 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー開発本部開発3部
大曲 康仁 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー開発本部開発3部
鈴山 晃弘 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー開発本部開発3部
大野 巧真 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー開発本部開発3部
太宰 龍太 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニーマーケティング本部プロダクトマーケティング部
三浦 眞由美 アズビル株式会社 技術開発本部基幹技術開発部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2016年04月に掲載されたものです。