IoT時代におけるスマートトイレとビルディングオートメーションシステムの統合システム開発
キーワード:IoT,スマートトイレ, BA システム,BACnet
ビルの衛生設備機器の1つであるトイレは、機器内部の各種センサ情報を使用し、高度な節電・節水機能を実現している。一方で、近年のIoT(Internet of Things)の進展を背景に(1)、トイレにおいても外部ネットワークとの連携による新しい付加価値が期待されている。そこで今回、TOTO株式会社のスマートトイレ機器とBA(Building Automation)システムの統合システム開発に取組み、その実証試験として実物件にて各種トイレ用衛生設備機器とBAシステムをBACnetで接続した(2)。実証期間におけるトイレ使用状況のデータはアズビルクラウドセンターのサーバに長期間蓄積しており、データを集計・分析することで、設備保全・設備設計に価値のある情報を得ることができた。
1.はじめに
公共トイレで利用される衛生設備機器である大便器,小便器,自動水栓,ハンドドライヤーなどは,人体検知センサを備えており,検知結果に基づいて節水や節電を実現する各種制御を行っている。具体的には,学習機能,デジタルフィルタなど,センサ情報に様々なソフトウェア処理を加えて,きめ細かな制御を行うことで実現している。
昨今,本格的なIoT時代を迎え,多種多様な機器情報をインターネットにつなげ,処理することにより,様々な付加価値が生み出されている。公共トイレでは,これまでにもドアの開閉センサ情報からトイレの利用実態を分析する取組みは行われてきた。しかしながら,衛生設備機器のセンサ情報は器具内だけで完結し,外部に出ることはなかった。多数の衛生設備機器情報を取り出し,発生時刻情報とともに蓄積して,様々な角度で詳細なデータ分析を行えば,トイレの使用状況の把握のみならず,使用者の行動推定によるサービス向上,最適な予防保全の施策立案などにつなげていくことが期待できる。
今回,公共トイレの衛生設備機器とBAシステムを,ビル管理システムのスタンダードな通信プロトコルであるBACnetプロトコルを使って結合する実証試験を実施した。本稿では,実証試験の概要と,一定期間蓄積したデータを使用し,各種分析を実施した結果について報告する。
図1 BAシステムとトイレの統合イメージ
2.目的
BAシステムとトイレの統合イメージを図1に示す。トイレ用衛生設備機器の内部センサ情報をBACnet通信によりBAシステムに集約することで,機器の使用状況の監視や使用実績の分析が可能となり,以下に示すような付加価値を生み出すことができる。
(1)設備管理の効率化
トイレ利用実績の傾向を分析することで機器使用の偏りを可視化し,清掃計画の最適化や故障前の部品交換を検討することができる。
また,大便器の長時間使用や深夜使用などの不審な使用も,従来は現場確認が必要であったが,中央監視室での一括確認が可能となる。
(2) トイレ利用者の利便性向上
トイレ使用状況をデジタルサイネージ・PC・スマートフォンなどの機器で情報展開することで,トイレを利用する人は,事前にビル内トイレの混雑状況が確認でき,空いているトイレへスムーズにたどり着くことができる。
(3) 設備設計支援
多数のトイレ利用実績を蓄積・集計したデータは,類似案件の設計や設備改修における最適な器具数やレイアウトを検討する上での参考情報として活用できる。
3.実証試験
3.1 対象設備
対象トイレ設備を図2に示す。
図2 実証トイレのレイアウト
実証建物は,オフィスにショールームが併設されており,建物のトイレはオフィス居住者以外にショールームの来館者も使用する。
3.2 実証システム
実証試験で構築したシステム構成を図3に示す。トイレ機器の使用状況がBACnetオブジェクトとして保持できるB-ASC(BACnet Application Specific Controller)を,実証建物における既存のBAシステムに接続した。
図3 実証試験のシステム構成
また,BAシステムは専用回線を通じてアズビルクラウドセンターに接続した。クラウドセンターではBAシステムの時系列データを長期間蓄積しており,利用者はインターネットを通じて蓄積されたデータを取得できる。
3.3 計測概要
3.3.1 トイレ使用状況測定方法
大便器は着座センサ,小便器・自動水栓は人体センサを使用し,機器使用を検知した。
大便器では着座センサを使用することで,ドアの開閉センサのみによる検知よりも精度良くトイレ使用を検知できる。将来的には,着座センサとドア開閉センサの情報を連携させることで,より詳細なトイレ使用実態を分析できる可能性がある。また,小便器人体センサ,大便器着座センサはチャタリングが発生しやすいので,誤検知を防止するため,10秒間のオフ・ディレイを設けた。
これらトイレ機器センサのイベント情報は,有線通信によって,トイレ機器用B-ASCに集約される。B-ASCは集約されたイベント情報に基づきカウントを実施し,データを蓄積する。BAシステムはBACnetプロトコルを使用し,周期的および状態変化発生時にB-ASCにアクセスしてトイレ機器情報を取り込む。
3.3.2 BACnet収集データ
表1にB-ASC上で保持するトイレ機器のBACnetオブジェクトリストを示す。
表1 BACnetオブジェクトリスト
オブジェクト名 | オブジェクトタイプ | 単位 | 個数 |
---|---|---|---|
使用有無 | BI | - | 22 |
累計使用回数 | AC | 回 | 22 |
累計使用時間 | AC | 分 | 22 |
連続使用時間 | AI | 分 | 22 |
混雑率 | AI | % | 5 |
(1) 使用有無(BI)
各トイレ機器のセンサ検知状態を「0」,「1」の状態で表す。センサ状態の変化時にはB-ASCからBAシステムへCOV (change of value)通知が即座に発生する。BAシステムは各トイレ機器の利用状況をリアルタイムで知ることができる。
(2) 累計使用回数(AC)
設備管理を目的としたトイレ機器の使用回数の積算値。使用有無オブジェクト(BI)の値が「0」⇒「1」に変化した回数をカウントする。
(3) 累計使用時間(AC)
設備管理を目的としたトイレ機器の使用時間の積算値。使用有無オブジェクト(BI)の値が「1」となっている時間をカウントする。
(4) 連続使用時間(AI)
トイレ機器が連続で使用されている時間。使用有無オブジェクト(BI)の値が連続で「1」となっている時間をカウントする。使用有無が「0」のときは,連続使用時間は「0」となる。BAシステムにて値を上限監視し,トイレの長時間使用を管理者に通知できる。
(5) 混雑率(AI)
機器をグループで分け,グループごとに使用割合を算出する。グループは機器種別(男子大便器,女子大便器,男子小便器,男子自動水栓,女子自動水栓)の5グループとした。
トイレ機器関連のBACnetオブジェクトの値は,定期的にクラウドセンターへデータ収集される。データ間隔は, ACオブジェクトは30分周期,BIおよびAIオブジェクトは1分周期である。
3.4 トイレ使用状況表示画面
実証では,BAシステムに図4のようなトイレ使用状況表示画面を作成した。使用された機器の色がリアルタイムで赤色に変化し,トイレの混雑状況を把握することができる。
図4 トイレ使用状況表示画面
4.実証試験収集データ分析
クラウドセンターに蓄積されたトイレ使用状況について分析した結果を紹介する。
4.1 機器別使用回数
図5に,2016年2月1日~9月30日における実証トイレの機器別使用回数を示す。
大便器・小便器は,入口近くの機器の方が使用回数が多い傾向がある。ただし,男子小便器1は入口に近いが相対的に使用回数が少ない。これは手すり付きの小便器のため, 使用が避けられたと推測できる。一方,自動水栓は,大便器・小便器から距離が近く,かつハンドドライヤーからも距離が近い機器において使用回数が多い傾向がある。
このように,使用回数に偏りがあると特定の便器が汚れる,特定の小便器の配管に尿石が詰まる,などの問題が発生する可能性がある。使用回数を集計することで機器使用の偏りを可視化し,故障前の部品交換,予算組みなど,予防保全の施策を検討することができる。
図5 機器別使用回数[2016/2~2016/9]
4.2 時間帯別使用回数
図6~8に,2016年2月1日~9月30日における,男子大便器,男子小便器,女子大便器の時間帯別使用回数を示す。
オフィスの昼休みの12時台にて,機器使用回数のピークが発生していることが分かる。また,男子大便器に関しては始業前の朝8時台にもピークが発生している。
使用回数を時間帯別に集計することで,トイレ機器が汚れる時間帯を推測でき,点検や清掃,備品補充といったトイレメンテナンスサイクルの適正化を図ることができる。
図6 男子大便器 時間帯別使用回数[2016/2~2016/9]
図7 男子小便器 時間帯別使用回数[2016/2~2016/9]
図8 女子大便器 時間帯別使用回数[2016/2~2016/9]
4.3 大便器連続使用時間
図9に2016年2月1日~9月30日における,大便器の連続使用時間の頻度分布を示す。
図9 大便器連続使用時間 頻度分布[2016/2~2016/9]
男子・女子便器ともに,大便器は5分以内の使用が多い。一般的に大便器は混雑する傾向があるため,実績データに基づいた平均的な連続使用時間が分かると,設備設計の参考情報として活用できる。
データに基づいた平均的な連続使用時間が分かると,設備設計の参考情報として活用できる。
4.4 使用順序分析
本節では,機器間の使用順序について分析した結果を説明する。
分析に際してはイベント連鎖発生分析手法を使用した。この手法では,イベント情報の発生パターンから連鎖的に発生したと推測されるイベント群を自動抽出することができる<>(3)/sup>。
トイレが混雑している時のデータのsup方が特徴的な使用順序の抽出が期待できるため,実証建物でイベントが開催され,普段よりも利用者が多く,トイレの混雑が頻繁に起きた期間(2016年4月4日~4月8日)を分析期間とした。また,分析対象はトイレの混雑が起きやすい女子大便器とした。
図10に女子大便器使用の順序グラフを示す。このグラフは,トイレの混雑時に対象イベント情報がどのような順番で発生したかを表現したグラフである。
解析例では,女子大便器において,大便器3 ⇒ 大便器5 (図10の青線),大便器3 ⇒ 大便器4 ⇒大便器1または大便器2(図10の赤線),という2通りの使用順序が抽出できた。
次に,使用順序とレイアウトの関係を確認した。図11に,分析で抽出した使用順序をレイアウト上にプロットした図を示す。抽出したどちらの使用順序からも,大便器はレイアウト上,端に配置された機器から使用され,両隣に挟まれる形のトイレは最後に使用される傾向が分かる。
図10 女子大便器使用順序グラフ[2016/4/4~2016/4/8]
図11 女子大便器使用順序[2016/4/4~2016/4/8]
使用順序分析では実際のトイレ使用データから,トイレの動線分析が可能である。こうした情報は,トイレレイアウト設計の改善などに有効活用できる。
5.テナント向けクラウドサービスへの展開
本取組みの付加価値の1つとして,トイレ利用者の利便性向上がある。今回の実証試験では検証できなかったが,テナント向けクラウドサービスのプラットフォームを利用すれば,居住者にトイレの混雑状況をお知らせすることが可能である。
例えば,図12,13に示すような,PC画面・スマートフォン画面を利用する方法があると考えられる。
図12 PC画面(ダッシュボード)
図13 スマートフォン画面
6.おわりに
BAシステムとトイレをBACnetプロトコルで接続することにより,BAシステムとトイレが有機的に結合する方法を示した。その結果,使用者のトイレ利用状況をBAシステムで把握することが可能である。
また,トイレの情報を一旦BAシステムに取込み,クラウド上にデータを蓄積すれば,トイレの利用分析が容易かつ詳細に行えることも示した。トイレ改善の施策実施前と実施後で分析データを比較すれば,改善の度合いを定量的に掴むことも可能となる。
今後は,トイレ内の行動分析だけでなく,ビル全体で見たときのトイレ間の利用の差や,時期による変動など,利用者の行動分析も実施したい。
今回の実証試験ではトイレ設備をBAシステムにて情報統合することを試みたが,建築設備の各種機器がスマート化されIoT時代を迎える中,トイレに限らず建築設備全体をBAシステム中心に複合システムとしてクラウドで情報統合を行い,運用を最適化することも可能である。こうした接続機能を持った各種設備による複合システムの構築には企業間の連携が不可欠であり,今回はTOTO株式会社との協業により実現できた。
IoT時代においては,これまで異業種であった企業が,「新しいテクノロジー・スタック」を連携して作り上げる関係構築が重要である。技術者には,より幅広い視野で関係するテクノロジーを捉え,双方にメリットを創出できる力が必要であることを改めて確認できた。
7.謝辞
本論文の実証試験にあたり,多大なご協力を賜りました,TOTO株式会社・エレクトロニクス技術本部およびマーケティング部に謝意を表します。
<参考文献>
福田一成, 「BACS/BEMSにおけるIoTの活用」, 電気設備学会誌, Vol.36, No.7, 2016, pp.457-460
class="mt4 mb0" style="margin-left:3em; text-indent:-3em;">鈴山晃弘 他: スマートトイレとBEMSのBACnet接続実 証,空気衛生工学会大会,2016年9月
(3)J. Nishiguchi, T. Takai: IPL2&3 Performance Improvement Method for Process Safety Using Event Correlation Analysis, Computers & Chemical Engineering, Vol. 34, 2010
<商標>
BACnetはASHRAEの商標です。<著者所属>
鈴山 晃弘 アズビル株式会社 ITソリューション本部ITソリューション開発部
福田 一成 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニーマーケティング本部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2017年04月に掲載されたものです。
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