巻頭言:システム制御の役割って何だろう
畑中 健志
Hiroyuki Shinoda
東京工業大学工学院
School of Engineering, Tokyo Institute of Technology
近年,スマートグリッド, スマートシティ,Industry 4.0など,様々なキーワードが提唱されています。各国の事情は様々でしょうが,将来の生産年齢人口の減少が確定し,現在デフレに苦しむわが国では,このような生産性向上に資する技術への投資は大筋正当化されるものであると考えられます。
研究の世界に目を向けますと,少なくとも工学分野では,このような社会の要請と無関係に研究を進めることは困難になっています。この点が,筆者が学生から教員へと立場を変えたこの10年に起こった最大の変化であると思います。例えば未解決問題が解かれたとしても,その問題が分野に閉じたものである限り,解法がいかにエレガントなものであれ,その成果に対する周囲の目は厳しいものになりました。そもそも工学の定義は,「公共の安全・健康,人間の福祉に資すること」を含みますので,この変化は,それが真の社会要請であるという限りにおいて,健全なものと解釈できます。
以上の傾向は,筆者が昨年滞在した米国の大学ではさらに顕著でした。米国の教員にとっては研究資金獲得が至上命題であり,論文はその副産物とみなす考え方が主流となっているため,資金の元となる社会的要請に対する感度の高さは日本の比ではありません。彼らは資金提供機関や政府の文書や講演から積極的に情報を収集し,大統領選にも自身の研究を関連づけながら結果を注視していました。わが国にも早晩その波が押し寄せることは,過去の事例から容易に予測できます。
では,システム制御は社会的課題解決に貢献できるでしょうか。もちろん可能であると考えます。筆者は個別に提案された課題解決のピースをつなげる役割にその可能性を見ています。例えば,冒頭の課題とセットで語られることが多いキーワードにInternet of Things(IoT)とCyber-Physical-System(CPS)があります。米国の大学にて行われたある講演において,講演者は両者の違いを以下のように定義づけていました。
「IoTは大量データから情報抽出する開ループのプロセス,CPSは抽出された情報をもとに閉ループを組むコト」
近年の機械学習の目覚ましい発展により,前者に対する解法は数多提案されています。しかし,ループをつなげる前後のシステムは別物であって,つなげた後に全体がうまく機能するとは限らないことはシステム制御が古くから教えているとおりです。双方向につなげる意味も恐さも熟知した制御研究者だからこそ,いかに要素技術をつなげれば全体が能力を発揮するかを知ることができると考えます。
以上の考えに立ち,ビル空調制御をテーマに行った米国での研究は幸運にも一定の成果を得ました。しかし,同時に課題も残されました。それは本技報の主題である,人を中心としたシステム設計という観点です。残念ながら,「人が中心であること」の定義は若輩者の筆者にはまだつかめていませんが,工学の定義に「対象の広がりに応じてその領域を拡大し、周辺分野の学問と連携を保ちながら発展する」とあるように,システム制御自体もその概念を正確に捉えられるよう,発展・変化する必要性を感じています。
最後に,ここ数年のもう1つの変化として,対象が大規模化するにつれ,研究室に閉じた研究が難しくなっているという点があげられます。特に実際を熟知した企業の方との共同の重要性が,日米問わず,改めて広く認識されつつあります。単にアカデミアの新技術を適用する場としてではなく,両者の対等な議論の上で価値の創造を模索する形の共同が求められていると考えています。
著者紹介:
2007年3月京都大学大学院情報学研究科数理工学専攻博士後期課程修了。同年4月より東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム専攻助教,2015年1月より同准教授,改組により2016年4月より同大学工学院准教授となり現在に至る。
ビルエネルギー管理およびネットワーク化ロボティクスの研究に従事。Passivity-Based Control and Estimation in Networked Robotics (Springer, 2015)およびマルチエージェントシステムの制御(コロナ社, 2015)の著者。博士(情報学)。
2017年計測自動制御学会制御部門研究賞(木村賞), 2016年度計測自動制御学会学会賞(著述賞),2014年計測自動制御学会制御部門パイオニア賞,2009, 2015年度計測自動制御学会論文集論文賞,10th ASCC Best Paper Prize Awardを受賞。2013年よりIEEE CSS Conference Editorial Board Member, 2017年より IEEE Transactions on Control Systems TechnologyおよびSICE Journal of Control, Measurement, and System IntegrationのAssociate Editor.
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2017年04月に掲載されたものです。
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