快適空間制御を実現するための3次元温熱環境可視化システムの開発
キーワード:環境計測データ,CFD解析,可視化,空調制御
従来は、壁や柱に設置されたセンサで室内を均一な温度分布にする空調制御が一般的であったが、近年、オフィスにおける人や発熱機器の偏在化に応じて、積極的に空間温度分布をつけ、快適性と省エネルギー性を両立する空調制御方式が注目されている。しかし、そのような空調制御実現のためには、壁や柱に設置された温度センサでは十分ではなく、室内の詳細な温熱環境を把握することが必要である。そのために室内の温熱環境を3次元的に可視化することにより室内温熱環境の偏在を詳細に把握するための技術とシステムを開発した。
1.はじめに
従来は,室内を均一な温度分布にする空調制御が一般的であった。しかし,近年オフィスの多様化に伴い人や発熱機器などの空調負荷が偏在していることや,経済産業省が定める「エネルギー基本計画」(1)のCO2削減目標達成のために,オフィスビルにおける消費エネルギーの40%強を占める空調(2)においてこれまで以上の省エネルギーが求められていることから,タスク・アンビエント空調やパーソナル空調のように積極的に空間温度分布をつけて快適性と省エネルギー性を両立する空調制御方式が注目されている(3)。そのような空調制御を実現するため,室内の詳細な温度分布を把握することが求められており,3次元空間温熱情報の活用が期待されている。
そこで,筆者らは図1に示すような,多種多様な環境データ計測部と空間温度分布解析部を組み合わせて得られる3次元空間温熱情報を利用した空調制御技術を考案し,実現性の目途を得た。
第2章で,室内の詳細な空間温度分布を把握することを目的として本研究で構築した3次元温熱環境可視化システムについて述べる。第3章では,そのシステムを自社で保有する空調実験室に適用し,モデル構築に関するエンジニアリング負荷低減の可能性および,その時の解析精度について検証した結果を報告する。
また,今回考案したシステムの空調制御における実用化のために,CFD(Computational Fluid Dynamics)注1解析の所要時間を考慮して決定した室内環境データ計測間隔とCFD解析間隔に基づき,連携解析を連続実行する手法を提案した。実環境にてその手法を用いてシステムを稼働させたので,第4章で一例として報告する。
注1 数値流体力学などと訳され,ソフトウェアを用いて,流体の流れや熱の移動をコンピュータ上でシミュレーションする手法
2.3 次元温熱環境可視化システムの構築
室内の詳細な温度分布を把握することを目的としてCFD解析情報を活用した3次元温熱環境可視化システムを構築した。図2に概念図を示す。
これまでのCFD解析は,建物利用時の室温分布を予測することを目的として建物や空調設備の設計などに使われることが一般的であったが,本研究では,空調制御への活用を目指している。そのためには時々刻々変化する室内の状況を,CFD解析結果から推定する必要があるが,実際のオフィスでは室温に影響をおよぼす人やPCなどの発熱体の移動や,機器の発停情報を取得しなければ解析ができず,そのような推定が困難であった。また,より正確な推定を行うためには,解析領域の境界となる壁などの条件設定が重要であり,外気や隣室からの貫流熱を再現するために複雑なパラメータを設定した壁モデルの構築も必要であった。
今回構築したシステムでは,環境計測データとして,空調情報(給気温度,給気風量)に加え,表面温度情報(壁,天井,床の表面温度),人検知情報(人数,位置)などを実測し,時々刻々変化するそれらの室内環境計測データをCFD解析の境界条件として逐一入力することにより,オフィスの状況変化を反映した空間温度分布などの可視化情報を得ることが可能になった。また,実測データを利用することにより,熱の流れ(貫流熱)を再現するための複雑なパラメータ設定が不要になり,壁モデル構築のエンジニアリング負荷低減も実現した。なお,今回は室内環境計測データである表面温度および人検知情報の計測に赤外線アレイセンサを用いた(4)。
図1 計測と解析を連携させた空調制御の概念図
図2 3次元温熱環境可視化システムの概念図
3.3次元温熱環境可視化システムの適用事例と検証
3.1 検証の概要
机や人を配置した部屋にて,執務時間帯の人の移動や空調環境を想定した実験を実施し,本システムの検証で利用する入力条件(給気条件,表面温度条件,発熱条件)と出力結果(空間温度)に相当する室内環境計測データを取得した。入力条件として取得した環境計測データを境界条件としてCFD解析を実施し,3次元温度分布を出力した。解析結果を,前記実験で出力結果に相当するデータとして取得した空間温度と比較することで本システムの精度を検証した。また,環境計測データを直接境界条件に利用する手法の有効性検証を目的とし,詳細なパラメータ設定を行った従来の壁モデルを用いた場合と比較した。
3.2 システムの適用対象
構築したシステムを自社で所有するオフィスを模擬した空調実験室(図3)に適用した。
部屋の大きさは,15m×8m×3mで,図4に示すとおり,周辺に外気や隣室を想定したチャンバーが設置されており,各チャンバー温度を調整することで,所望の環境を再現できる。空調はVAV(Variable Air Volume:可変風量)セントラル方式を採用しており,空調機1台,吹出口と吸込口はそれぞれ12個ずつ設置している。空調機は1台であるため,給気温度はすべての吹出口で等しく,また吹出口2個に対し1台のVAVが設置されているため,隣り合う2つの吹出口の風速は等しい。
図3 空調実験室
図4 空調実験室の概要
3.3 実験条件
空調実験室において,夏季のオフィス環境での自席作業や会議を想定して人の移動および人の在・不在に合わせた空調制御を行い,環境データを計測した。図5に示した点(A),(B),(C)に設置した熱電対を用いて空間温度分布を計測し,CFD解析結果と比較した。
図6に実験スケジュールを示す。出社前の空調立ち上げからの2時間を想定し,スケジュールは,空調立ち上げ30分間(ターム1),出社後自席作業30分間(ターム2),会議エリアでの会議30分間(ターム3),再度自席作業30分間(ターム4)とした。なお,設定値は室内温度26℃,外気温度(外気チャンバー温度)30℃,隣室温度(隣室チャンバー温度)26℃とした。
図5 実験時の温度計測点
図6 実験スケジュール
3.4 CFD解析の条件とケース設定
図7にCFD解析に用いた部屋モデルを示す。また,表1にCFD解析条件を示す。
環境計測データを直接境界条件として与えた場合の有効性検証を目的とし,詳細なパラメータ設定を行った従来の壁モデルと比較するため,部屋モデルは,境界条件となる周囲(壁,天井,床)の表面温度の設定方法が異なる2ケースを準備し,それぞれのケースの解析結果と実測結果を比較した。
図7 空調実験室のCFDモデル
表1 CFD解析条件
詳細設定ケース | 計測ケース | ||
---|---|---|---|
解析の種類 | 非定常解析 | ||
境界条件 | 流入 | 給気温度および風量の計測値を自動入力 | |
流出 | 自然流出 | ||
壁面表面温度 | 詳細パラメータおよび 周辺チャンバー温度を設定し算出 | 赤外線アレイセンサの 計測値を自動入力 |
|
隣室チャンバー 温度 | 計測値から手動入力 | ─ | |
発熱情報 | 人 | 赤外線アレイセンサの計測値を自動入力 | |
メッシュ数 | 約40万 |
3.4.1 詳細なパラメータ設定を行った壁モデルのケース(詳細設定ケース)
壁の素材の密度や比熱,熱伝導率,熱伝達率などのパラメータを詳細に設定した従来の壁モデルである。実測結果をもとに,パラメータを調整することで,精度向上を進めてきており,これまで筆者らは,このような手法で構築した比較的高精度な壁モデルを用いて解析を実施していた。外気や隣室の温度を設定することで貫流熱を考慮して室内の表面温度が算出されるので,壁モデルのパラメータ設定に加え,外気や隣室温度の設定も解析結果に影響を与える。
3.4.2 赤外線アレイセンサによる表面温度計測データを利用した壁モデルのケース(計測ケース)
今回新たに構築したものは,赤外線アレイセンサによる計測データで得られた表面温度情報を壁面の表面温度として直接設定する壁モデルである。計測した表面温度を直接設定するため,実態に合った表面温度であることに加え,壁モデル構築のための複雑なパラメータ設定やそのための実測を行う必要がなく,モデル構築を容易にすることができる。
3.5 検証結果
2ケースのCFD解析結果から得られた温度分布可視化情報と,CFD解析と実測の比較結果について報告する。
3.5.1 空間温度分布のケース間比較
図8,図9に自席作業時間帯(ターム2)の各壁モデルのケース,図10,図11に会議時間帯(ターム3)の各壁モデルのケースについて,高さ1.1mにおける温度分布図を示す。なお,各タームが示す時間帯は,「3.3実験条件」に示すとおりである。
両ケースとも自席作業時間帯は全体的に25~26℃を示しているのに対し,会議時間帯は全体的に26~27℃近くまで温度が上昇しており,同様の温度分布や温度変化の傾向を示していることが分かる。このことから,詳細設定ケースを用いた場合に対し,赤外線アレイセンサデータを用いた計測ケースでも温度分布や温度変化の傾向において,同等の結果が得られることが分かった。
図8 自席時間帯(詳細設定ケース
図9 自席時間帯(計測ケース
図10 会議時間帯(詳細設定ケース
図11 会議時間帯(計測ケース)
3.5.2 室温変化の実測と解析結果の比較
図12~図14に,図5に示す3点(A),(B),(C)における温度についてCFD解析と実測結果の比較を示す。いずれの点でも,CFD解析と実測結果の温度変化の傾向は同じであることが分かる。
自席作業時間帯(ターム2)では,点(A)におけるCFD解析と実測との最大誤差は詳細設定ケース0.6℃,計測ケース0.2℃,点(B)では,詳細設定ケース0.8℃,計測ケース0.9℃,点(C)では詳細設定ケース0.2℃,計測ケース0.2℃であった。
また,会議時間帯(ターム3)では,点(A)におけるCFD解析と実測との最大誤差は詳細設定ケース1.1℃,計測ケース0.7℃,点(B)では,詳細設定ケース1.3℃,計測ケース0.8℃,点(C)では詳細設定ケース1.4℃,計測ケース1.1℃であった。いずれの時間帯でも,詳細設定ケースに対し,計測ケースの点(A),(B),(C)の温度は,同等もしくはそれ以上の精度であった。よって,本システムにより,ISO7730に示され,温度を含めた6要素(温度,湿度,放射,気流,着衣量,活動量)を用いて計算される快適性評価指標PMV(Predicted Mean Vote:予測平均温冷感申告)の予測も可能となり,快適性を考慮した空調制御への活用を実現できる。
以上より,構築したシステムによって時々刻々変化するオフィスの状況を反映した室内の温度分布を把握できることを確認するとともに,赤外線アレイセンサデータを用いた計測ケースで解析した結果,複雑なパラメータを設定して構築した詳細設定ケースを用いた場合と同等もしくはそれ以上の結果が得られることが分かった。また,赤外線アレイセンサデータを用いることにより,複雑なパラメータ設定やそのための実測を行う必要がなく壁モデル構築のエンジニアリング負荷は大幅に低減されることも確認した。
本システムにより,壁や柱のセンサでは把握しきれない詳細な温熱環境の把握が可能となった。快適性を考慮するためには,湿度や気流,放射などを含めた検討が必要であるが,得られた温熱環境情報を活用することで,人の在・不在や実環境の温熱状況に応じた,快適性と省エネルギー性を両立した空調制御を実現できると考える。
図12 点(A)における実測値とCFD解析結果の比較
図13 点(B)における実測値とCFD解析結果の比較
図14 点(C)における実測値とCFD解析結果の比較
4.実環境への適用例
空調制御に活用するためには,空調の制御周期や,室内の温度変化の周期などに応じたタイミングで必要な温熱環境情報を得る必要があるが,CFD解析は計算時間が膨大で結果を取得するまでに時間を要するという課題がある。今回は,そのような課題に対する一考察として,実環境への適用結果について紹介する。
対象は,図15に示すような当社が出展した展示会ブースで,モデルサイズは14m×10m×10m,メッシュ数は約60万である。実際にブース内に設置した赤外線アレイセンサで計測したデータをCFD解析の境界条件として連続的に与えて解析を行った。
図16(a)のようにまとまったある一定期間のデータを計測し解析を行うと,解析結果を得るまでに時間がかかる。そこで,今回は図16(b)のように,計測期間を細かく分割し,一度の解析で対象とする実環境の時間を短くすることで,それに比例して一度の解析の所要時間を短縮した。短時間の計測と解析を連続的に実行することにより,まとまったある一定期間のデータを計測して解析を行うより,一定の短い間隔で連続的に解析結果を表示することを実現した。
現段階では結果表示の試行に留まっているが,今後解析精度や計算時間,表示タイミングについても評価し,空調制御における実用についてさらに検討を進める。
図15 展示会ブースにおけるCFDモデル
図16 空調制御における実用に向けた一考察
5.おわりに
近年注目されている快適性と省エネルギー性を両立した制御へのCFD解析による3次元空間温熱情報の活用を目的とし,室内環境計測データとCFD解析を連携させた3次元温熱環境可視化システムを構築した。システムを空調実験室に適用し,赤外線アレイセンサにより計測した表面温度や人検知情報をCFD解析と連携させた解析を行った結果,赤外線アレイセンサデータを用いることで,計測値を用いた壁モデルでも詳細にパラメータを調整した従来の壁モデルと同等もしくはそれ以上の解析精度を得られるとともに,壁モデル構築のエンジニアリング負荷低減も実現できることを確認した。また,今回構築したシステムの空調制御における実用に向け提案した手法を用いて,実環境においてシステムを稼働させ,一例として報告した。
今後は,今回構築した3次元温熱環境可視化システムで得られた空間温熱環境情報の自動監視や,それらの情報を活用した空調制御の自動化を目指す。
<参考文献>
(1) 経済産業省 エネルギー基本計画 平成30年7月
(2) 財団法人省エネルギーセンター公表ページ https://www.eccj.or.jp/office_bldg/01.html(アクセス日:2018年11月1日)
(3) 野部達夫:タスク・アンビエント空調の近年の研究動向,空気調和・衛生工学会第84巻,2010.8
(4) 太宰龍太他:赤外線アレイセンサを用いたオンデマンド環境(空調・照明)制御システムの研究と開発 (第1報),空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集, 2016.9
<著者所属>
斎数 由香子 アズビル株式会社 技術開発本部商品開発部
近田 智洋 アズビル株式会社 AIソリューション推進部
原山 和也 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニーマーケティング本部プロダクトマーケティング部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2019年04月に掲載されたものです。
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