放電音を防止した電子式エアクリーナの開発
キーワード:静電フィルタ,放電,監視回路,圧力損失,PM2.5,集塵性能
戸建住宅向け全館空調システム「きくばり™」では、空気清浄のために電子式エアクリーナを採用している。電子式エアクリーナは、粉塵を帯電するイオナイザ部と帯電した粉塵を集塵する集塵部で構成されている。今回、集塵部に永久分極した静電フィルタを採用し、イオナイザ部に監視回路(監視ボード)を追加した電子式エアクリーナの開発を行った。本製品は、お客さまに放電音の不快感なしに安全で清浄な空気環境の提供を行うものである。
1.はじめに
戸建住宅向け全館空調システム「きくばり」では,24時空調により温度のバリアフリーを実現し,電子式エアクリーナの採用によりスギ花粉やPM2.5など,空気中に浮遊して身体に悪影響を与える粒子の大半を除去し家の中の空気をきれいに保つことができる。電子式エアクリーナは,高電圧のイオナイザ部で粉塵を帯電させ,電圧を印加した集塵部で帯電した粉塵を集塵する構造となっている。従来の電子式エアクリーナは,集塵部に粉塵が堆積すると放電音を発生することがありユーザーに不快感を与える場合があった。本開発では,集塵部に永久分極した静電フィルタを採用することで集塵部への電圧の印加を不要とし,放電音を防止しユーザーの不快感を取り除くことができた。従来の集塵部は金属製で不燃であったが,本開発の集塵部は可燃素材であるためより高い安全性が求められた。開発にあたっては,監視回路を追加し,従来と同等の安全性を確保した。
以降,2章では従来のエアクリーナの役割,原理と課題について,3章では集塵部における放電音の防止と難燃性,交換の容易性について,4章では,開発課題であった圧力損失,集塵性能,安全性(監視ボード)について述べる。
2.電子式エアクリーナの役割・原理と課題
従来の電子式エアクリーナの役割・原理と課題について図で示す。
2.1 電子式エアクリーナの役割
全館空調システムの構成を図1に示す。全館空調システムは,冷暖房と送風機能の室内機,空気清浄機能の電子式エアクリーナおよび換気機能で構成されている。全館空調システムは室内の空気を循環させることにより空気清浄しており,電子式エアクリーナの役割は家全体の空気をクリーニングし粉塵を除去したきれいな空気を室内機に供給することである。全館空調システムでは,最大1時間に4~5回クリーニングされたきれいな空気が室内機を通じて各部屋の吹出し口に供給されている。
図1 「きくばり」システムの構成
2.2 電子式エアクリーナの原理と課題
従来の電子式エアクリーナの仕組みを図2に示す。
図2 従来の電子式エアクリーナの仕組み
エアクリーナに取り込まれた室内の空気は,プレフィルタで直径約50μmより大きい粒子を除去する。通り抜けた直径約50μm以下の細かい粒子は,イオナイザ部の高電圧線により帯電され,後部にある集塵部の平板電極に吸着させる仕組みである。一般的なフィルタよりも細かい粒子を除去することができ大気微小粒子(PM2.5)を除去する性能がある。一般的なフィルタと電子式エアクリーナが除去できる粒子の大きさを図3に示す。集塵部は,交互に高電圧が印加された極板が電極間距離4mmピッチで配置されており,極板に粉塵が堆積し電極間の空間絶縁距離が短くなると放電音(パチパチ音)が発生し,ユーザーに不快感を与えることがあった。放電音の対策には,専門業者による定期的な集塵部の清掃が必要であった。
図3 粒子の大きさと除去範囲
3.集塵部の開発
集塵部の検討にあたり,今回の開発に求められた仕様を下記に示す。
(1) 放電音の防止
(2) 難燃性
(3) 容易に交換・廃棄が可能なこと
3.1 放電音の防止
放電音の対策として,集塵部に図4に示す繊維フィルタ・静電ハニカム・静電フィルタの集塵効率と圧力損失を測定し検討した。
図4 検討した集塵部
表1 検討結果
繊維フィルタ | 静電ハニカム | 静電フィルタ | |
---|---|---|---|
集塵効率 | 20% | 91% | 82% |
圧力損失 | 32Pa | 40Pa | 37Pa |
表1の結果より,集塵効率が高い静電ハニカムと静電フィルタで検討を行った。静電ハニカムは,ハニカム構造のため集塵した粉塵が風の流れにより再飛散することが判明し,静電フィルタを採用することとした。図5に静電フィルタに使用している静電繊維の集塵の仕組みを示す。静電フィルタは電圧の印加が不要な静電繊維により,表面が分極しているため帯電した粉塵はクーロン力で,非帯電の粉塵は誘電分極されて吸着することができる。これにより,放電音を防止した。開発した電子式エアクリーナの仕組みを図6に示す。
図5 静電繊維の集塵の仕組み
図6 開発した電子式エアクリーナの仕組み
3.2 難燃性
集塵部は,不織布である静電フィルタと厚紙枠,接着と固定用のホットメルトの3つの部材で構成されている。難燃性を考慮し各素材を下記のように選定を行った。
- 不織布:JACANo.11A-2003 クラス3
- 厚紙枠:UL94 HBクラスの難燃性
- ホットメルト:JACANo.11A-2003 クラス3
採用した静電フィルタを図7に示す。
図7 採用した静電フィルタ
3.3 容易に交換・廃棄可能なこと
集塵部をイオナイザ部から分離し容易に交換ができる構造とした。静電フィルタの外形も多くの自治体で粗大ごみとはならない長辺が500mm未満とし,家庭でも廃棄しやすい大きさとした。
4.電子式エアクリーナ開発
開発した電子式エアクリーナの仕様を下記に示す。
(1)性能
・圧力損失:流量30m3/minにて40Pa以下
・集塵性能:PM2.5除去性能あり(JEMA規格)
安全性(監視回路)
・イオナイザ線の断線時の放電対策
・給電部のトラッキング対策
これを基に開発した電子式エアクリーナを図8に示す。
図8 開発した電子式エアクリーナ
4.1 性能
エアクリーナの基本性能は,いかに効率よく空気を清浄できるか,すなわち単位時間あたりの空気清浄化能力で測られる。空気清浄能力は,給気・排気間の圧力損失と集塵効率が重要な評価指標となる。
4.1.1 圧力損失(風量)
集塵部の静電フィルタは,図9に示すようなプリーツ構造にすることで空気の通過面積が大きくなり,集塵効率が向上し圧力損失を低くすることができる。プリーツ形状の山高とピッチの最適化を行うことで圧力損失の増加を最小限とした。
図9 プリーツ構造の静電フィルタの山高とピッチ
図10 プリーツ形状の最適化(流量40m3/min)
図11 開発した電子式エアクリーナの圧力損失
図10に示す実験の結果,山高40mmピッチ6mmの構造の圧力損失が低くなった。またこのとき,図11で示すように要求仕様である流量30m3/minにて圧力損失40Pa以下に対して24.1Paを実現することができた。
4.1.2 集塵性能(PM2.5除去性能)
開発したエアクリーナのPM2.5除去性能について,日本電機工業会自主基準(HD-128)「家庭用空気清浄機の微小粒子物質(PM2.5)に対する除去性能試験および算出方法」に基づいた第三者機関による試験を実施した。
図12 PM2.5濃度の時間変化
試験の結果(図12),微小粒子物質(PM2.5)に対する一定の除去性能を有し,「0.1μm~2.5μmの粒子を99%除去する」という結果が得られた。また,従来の電子式エアクリーナと比較しても微小粒子物質(PM2.5)の減衰曲線は殆ど変らない結果となった。
4.2 安全性
集塵部に静電フィルタを採用するにあたり安全性についてリスクアセスメントを実施した。検討の結果,イオナイザ線が断線し静電フィルタへ放電が発生したときや給電部のトラッキング発生時の対策が必要であることを確認した。対策としてイオナイザ電圧の正常状態を監視する監視回路(監視ボード)を追加することとした。
追加した監視ボードを図13に示す。
図13 監視ボード
開発した監視回路の主な機能は下記である。
- イオナイザ電圧の監視機能
- イオナイザ放電の検知機能
- 検知回路の健全性を常に確認するためのセルフチェック機能
4.2.1 イオナイザ電圧の監視機能
イオナイザに供給される電圧を監視し,規定値範囲内であることを監視する機能である。パワーパック(高電圧電源)より供給される電圧をイオナイザ電圧検知回路(図14)にて,電圧の変動が標準値の53%~128%であることを監視し,この範囲以外の値が2秒間継続するとパワーパックの電源をOFFにする。
図14 イオナイザ電圧検出回路ブロック図
4.2.2 イオナイザ放電の検知機能
イオナイザに供給される電圧をイオナイザ電圧検知回路(図14)とイオナイザ放電検知回路(図15)の2系統でチェックすることにより,放電を検知する。2秒間に放電検知回路で波形エッジを6回検知,または電圧低下(4500V以下)を3回検知した場合,イオナイザ放電と判断しパワーパックの電源をOFFにする。
図15 イオナイザ放電検知回路
4.2.3 セルフチェック機能
イオナイザ放電検知回路とイオナイザ電圧検知回路に定期的にテスト信号を発生させ,それぞれの回路が正常に機能していることを確認する。セルフチェックは以下のタイミングで実施される。
- 運転開始10秒後
- 運転開始後24時間ごと
これにより,経年劣化や偶発故障などに対応し,長期の安全を確保した。また,セルフチェックエラー時は,パワーパックの電源をOFFにし,お知らせランプが点灯する。お知らせランプ点灯時は,当社ホットラインに連絡いただく。
上記の検知回路とセルフチェック機能により異常放電を検知するだけでなく検知回路の健全性を常に確認することで安全性を強化した。
5.おわりに
今後,大陸からの偏西風で流れてくるPM2.5や花粉など,屋内の空気環境をよりよくするため空気清浄機の役割はより重要になってくると考えられる。今回,電子式エアクリーナの課題の1つである放電音を防止することができた。今後は,省スペース化やメンテナンス性のさらなる向上などの検討に取り組んでいく予定である。
<参考文献>
(1) 岩田,azbil Technical Review 2013年4月号,pp. 82-86「暮らしのさらなる安心・安全・快適を目指して~azbilハウスでの技術融合」
<商標>
「きくばり」はアズビル株式会社の商標です。
<著者所属>
石川 尚弘 アズビル株式会社 技術開発本部商品開発部
井口 俊丸 アズビル株式会社 技術開発本部商品開発部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2019年04月に掲載されたものです。
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