病院におけるパンデミック対応空調システム
キーワード:病院、新型コロナウイルス、感染症パンデミック、COVID-19、感染症病室、風量制御、室圧制御、ベンチュリ―形風量制御バルブ
感染症パンデミック発生時の感染症患者の受入れ要請と空気感染対策に応える解決策として、空調設備のパンデミックモード切替えによって一般病室を臨時の感染症病室に用途変更する手法を紹介する。また、空気感染対策で重要な役割を担う空調設備の風量・室圧制御システムを構築する際の注意点と、アズビルが開発・製造しているベンチュリー型風量制御バルブの特長について述べる。
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって,医療従事者を感染リスクから守り,医療体制を維持していくことの社会的な重要性が広く認知されるようになった。感染症パンデミック発生時,病院では感染症患者向けの病床の確保のみならず,空気感染対策の徹底が求められる。感染症パンデミックに備えるために,病院の建築設備をどのような整備をしておけばよいのか,について,本稿では,空気感染対策の要となる空調設備の風量・室圧制御システムについて紹介する。以下に述べる風量・室圧制御システムは,約10年前から東京都内の複数の病院で採用されており,今回のCOVID-19パンデミックの際にも活用されている。
2.感染症パンデミック発生時の課題
2.1 空気感染対策のハード面での要件
感染症パンデミック発生時,病院は多数の感染症患者の受入れ要請と院内感染対策の徹底という2つの課題に直面する。院内感染については,WHO(世界保健機関)が2020年7月9日に「新型コロナウイルスの感染について,空気感染の可能性を排除できない」という見解を示しているように,接触感染・飛沫感染のほかに空気感染についても万全の対策を行う必要がある。空気感染に関しては,厚生労働省が通知している「感染症指定医療機関の施設基準の手引き」(1)に記載されているように,防護具・消毒・動線などのソフト面での対策に加えて,建築的および設備的なハード面での対策も欠かせない。この手引きに記載されている感染症病室(第一種病室)の空調・換気に関するガイドラインを表1に示す。①病原体の封じ込めのため周囲より陰圧にすること,②病原体の速やかな排出のため十分な換気量を維持することの2点が重要な要件である。
2.2 感染症病室の整備についての課題
医療従事者あるいは公衆衛生の観点からすれば,将来のパンデミックに備えるためには,十分な数の感染症病室(第一種病室)を設置して万全な空気感染対策をとっておくのが理想的であろう。しかしながら,病院経営という観点では,通常時には使われる見込みの少ない感染症病室(第一種病室)を多数設置・維持することはコスト面で困難である,という厳しい現実もある。建築的および設備的なハード面の整備において,感染症病床の需要の変化に柔軟に対応できる仕組みが望まれている。
この課題を解決するためのヒントを,国際病院認証機構 (JCI: Joint Commission International)の「病院認定基準第6版」(2)の中に見出すことができる。この基準には「空気感染症患者を陰圧室に入室させるのが望ましい。病院は,建物の構造により陰圧室をすぐに建設することが難しい場合で,空気感染症による隔離が必要とされ,空気感染隔離室(AIIR: Airborne Infection Isolation Rooms)が準備できないか不足しているとき,一時的な陰圧室による隔離(TNPI: Temporary Negative Pressure Isolation)を行う。空気感染症の大流行により感染のおそれのある患者が多数認められる場合,上記の対策を講じる」との記載があり,パンデミック等によって専用の感染症病室(第一種病室)が不足した際には,他用途の部屋を陰圧にしたうえで臨時の感染症病室として活用するアイディアが示唆されている。
表1 感染症病室の空調・換気に関するガイドライン
隣接エリア に対する 気圧 | 空調方式 (全外気 or 再循環) | 換気回数 (再循環含む) | 最小全風量 (外気量) |
|
---|---|---|---|---|
感染症病室 (第一種病室) | 陰圧 | ・全外気方式が望ましい ・再循環には HEPAフィルター要 ・他エリアへの再循環は禁止 | 12回/h 以上 (再循環には HEPAフィルター要) | 2回/h 以上 |
厚生労働省:「感染省指定医療機関の施設基準の手引き」より、著者にて表に編集
3.空調設備のパンデミックモード切替え
3.1 病室の空気感染対策
前章の課題を解決するための具体的な手法として導入され始めているのが,空調設備のパンデミックモード切替えである。図1に示すように,通常時には一般病室として利用されている部屋を,パンデミック時には「陰圧」かつ「換気量を増加」させて臨時の感染症病室として利用できるようにする手法である。これによって,感染症患者向け病床数の需要の変化に柔軟に対応することが可能になる。
3.2 共通エリアの空気感染対策
さらにパンデミックモードでは,病室・病棟内の空気感染対策に加えて,病棟外の廊下やエレベーターホールなどの共通エリアの空気感染対策も行われる。図2にパンデミックモードにおける各部屋の室圧と気流方向の1例を示す。共通エリアから病棟エリアに流れ込む内向きの一方向気流をつくることで,入院患者から来院者への空気感染を防止する。また,市中に感染症が大流行しているパンデミック時においては,病院を訪れた来院者が既に感染している可能性もあるため,スタッフステーションを周囲よりも陽圧にして気圧の「土手」をつくることで,入院患者および来院者から医療従事者への空気感染も防止する。
図1 パンデミックモード切替えの概念図
図2 パンデミックモードでの室圧と気流方向の例
3.3 感染症病床の需要変化への柔軟な対応
また,パンデミックモード切替えの対象エリアは,市中での感染流行の程度に応じて適宜広げていく運用が可能である。図3にその1例を示す。感染流行の早期においては,まず1床室(個室)からパンデミックモードへと切り替える。そして感染流行の拡大期やまん延期においては,感染症患者を1人でも多く受け入れることが要請されるため,多床室についてもパンデミックモードへと切り替えて臨時の感染症病室に用途変更する。感染症患者向け病床数の需要の変化に柔軟に対応することができるため,病床稼働率の低下を最小限に抑えつつ感染症パンデミックへの対策を行える合理的な手法として,最近注目を集めている。
既に東京都内の複数の病院では,2009年の新型インフルエンザ発生を契機に進められた感染症対策の一環として,このパンデミックモード切替えに対応した風量・室圧制御システムが導入されているが,今回のCOVID-19パンデミックの際にも,このシステムを活用して感染症患者向けの病床数を大幅に増やして,COVID-19患者の入院治療が行われている。
図3 感染状況に応じたパンデミックモード運用の例
3.4 自動ドアと高速VAVの連動制御
3.2の図2で述べた,病棟エリアから共通エリアへの空気感染対策の際に注意しなければならないのが,両エリアの境界に位置する自動ドアの存在である。この位置のドアは,ストレッチャーや配膳カートなどの大型器材の通行の利便性を考慮して自動ドアとなっている場合が多いため,自動ドアが開いたときに,開いたドアのスペースから空気の自然拡散によって病原体が広がらないようにするための工夫が必要となる。具体的な解決策としては,自動ドアが開いたときに,外廊下から内廊下に向かって流れ込む内向きの一方向気流を増加させるよう,自動ドアの開閉と連動した高速VAV(Variable Air Volume:可変風量制御装置)の風量制御を行う手法が有効である。この風量制御は自動ドアの開閉に瞬時に応答する必要があるため,応答速度1秒以内の高速VAVを使用する。
図4に,東京都内の某病院における適用例と性能検証の結果(3)を示す。ここで紹介した検証結果は,入院患者をストレッチャーで病棟内に移送することを想定して,自動ドアの開継続時間を40秒とした場合のデータであるが,この風量制御の効果によって自動ドア開時にも外廊下から内廊下への内向き気流が維持されていることがわかる。
図4 某病院での自動ドアと高速VAVの連動制御の事例
4.病院における風量・室圧制御
4.1 室圧制御の方法について
これまで,感染症パンデミック対策に用いられる空調設備の制御手法について紹介してきた。ここからは,実際に病院において風量・室圧制御システムを構築する際の注意点について考察する。
病院における空気感染対策では,隣接するエリアとの間に気圧の差を設けて,適切な一方向気流(内向きまたは外向き)をつくることが重要となる。部屋の排気風量を給気風量よりも多い状態にすれば,周囲より陰圧となって内向きの気流がつくられ,反対に部屋の給気風量を排気風量よりも多い状態にすれば,周囲より陽圧となって外向きの気流がつくられる。例えば,感染症病室では内向きの気流をつくって病原体が室外へ漏れないようにし,スタッフステーションでは外向きの気流をつくって病原体が室外から侵入しないようにする。このように,部屋の給気と排気の風量を調節して,内向きまたは外向きの気流をつくることを目的とした制御は「室圧制御」と呼ばれ,次の2つの方法が知られている(図5)。
図5 室圧制御の方法とパンデミック対応での適性
1つ目は「室圧直接制御」と呼ばれる方法である。これは,室圧の計測値に基づいて給気や排気のモーターダンパやVAVを制御する方法である。2つ目は,「風量オフセット制御」と呼ばれる方法である。これは,排気風量を給気風量よりも多く(あるいは少なく)なるように給気と排気の風量をVAVやCAV(Constant Air Volume:定変風量制御装置)で正確に制御して,風量オフセット(=給気風量と排気風量の差分)をつくることで,周囲と部屋の間に内向き(あるいは外向き)の一方向気流をつくり出す方法である。
4.2 病院に適した室圧制御の方法は
どちらの方法が適しているかは,部屋の特徴や用途によって左右されるため一概には言えないが,特に一般病室のような,人の往来によるドア開閉が頻繁で,気密性がさほど高くない空間においては,米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE)のハンドブック(4)等にも記載されているように,安定性と信頼性の観点から後者の「風量オフセット制御」の方が適していることが知られている。病室のドアが開いたときには室間差圧が瞬時にゼロになるため,前者の「室圧直接制御」では,室圧計測値に従ってモーターダンパやVAVが過剰に反応してしまい,室圧や風量が安定しなくなるおそれがある。また,気密性が高くない空間においては,室圧計測値が数Pa程度の極めて微小な量となるため,前者の「室圧直接制御」では室圧センサに僅かな誤差が生じただけでも正しい制御が行えなくなる可能性がある。例えば,室圧センサのゼロ点がマイナス側に2~3Paずれただけでも,本当は陰圧になっていないのに十分な陰圧になっているとコントローラが誤判断して排気風量を絞ってしまい,内向きから外向きに気流方向が逆転してしまう恐れがある。
5.風量制御装置(VAV・CAVに)ついて
5.1 風量制御装置に求められる要件
次に,風量制御装置(VAV・CAV)の選定について考察する。病院内の空気感染対策を実現するためには,給気および排気の風量を正確かつ確実に制御できる信頼性の高いVAV・CAVが不可欠である。ダクトを流れる空気の圧力損失は風速の2乗に比例するため,例えば風量が2倍になると,風速も2倍になり,圧力損失は4倍になる。従って,パンデミックモードへの切替えなどによって風量が変更されると,空調設備のダクト圧力分布は大きく変動する。また,強風時には,空調機の外気取入れ口や排気ファンの排気口に吹き付ける風圧の影響で,ダクト圧力分布が激しく変動する。正確かつ確実な風量制御を行うためには,ダクト圧力変動の影響を受けずに設定どおりの風量を維持する機構(圧力独立性機構と呼ばれる)が極めて重要である。適切な風量オフセットを維持して空気感染防止のための安定した一方向気流をつくるには,ダクト圧力変動によってVAV・CAVの前後差圧が大きく変動する状況においても,設計された設定値どおりに給気および排気の風量を正確に制御できることが必要である。
5.2 ベンチュリー型風量制御バルブの紹介
このような要件を満たすべく開発・製造されたのが,図6に示すベンチュリー型風量制御バルブである。ベンチュリー管の絞りとコーン内部のスプリングの伸縮のはたらきによる極めて優れた圧力独立性機構を備えており,これまでに紹介してきた感染症パンデミック対策を担う空調設備で使用するVAV・CAVとして,まさに最適である。このベンチュリー型風量制御バルブは,医療施設や研究施設などに長年にわたって採用されており,累計2万5千台以上の豊富な納入実績がその性能と信頼性を裏付けている。
図6 ベンチュリー型風量制御バルブの構造と特長
5.3 ラインアップの拡充
これまでベンチュリー型風量制御バルブの最小口径は200Aであったが,病院では前室や更衣室などの小容積の部屋も多いため,施工スペース低減のための小型化のニーズがあった。当社では,このニーズに応えるため口径150Aのベンチュリー型風量制御バルブの開発を行った注1。現在のところ,口径150A製品は風量設定が固定のCAVタイプのみであるが,風量設定を変更できるVAVタイプのニーズにも応えられるようにしたい。小型・小風量の製品をラインアップに加えることで,より幅広い風量範囲に対して高性能かつ信頼性の高い風量制御を提供し,より多様な部屋での空気感染対策に貢献できるようになることを目指している。
6.COVID-19での経験を通じて
筆者らは2020年2月,横浜港に停泊したクルーズ船におけるCOVID-19感染拡大が起こった際に,東京都内の某病院において風量・室圧制御システムの支援要員としてパンデミックモード切替えの場面に立ち会った。竣工後5年以上が経過していたが,制御システムは問題なく動作してパンデミックモードへの切替えが順調に行われたことを確認した。
当時,同船での感染者の数は日増しに増加しており,同病院では感染症患者の受け入れ病床数を一刻も早く増やして欲しい,という要請を受けて差し迫った状況にあった。医療現場での緊迫した雰囲気を目の当たりにして,感染症患者の命を救うために日夜奮闘を続けている医療従事者らを感染リスクから守り,医療体制を維持していくためにも,緊急時であっても正確かつ確実に動作する信頼性の高い製品が必要であることを改めて実感した。
病院の空調設備で使用される風量・室圧制御システムは,感染症パンデミックという「非常事態」のときに使われるものだからこそ,長期間にわたり安定した性能を維持・発揮することが重要である。
7.おわりに
本稿を執筆している2021年1月現在も,COVID-19の感染拡大が続いている。感染症拡大防止のために緊急事態宣言が再度発令されて,感染症患者の増加によって医療体制が逼迫している状況が,毎日のように報道されている。医療従事者が粉骨砕身で感染症患者の治療に当たられていることが我々一般市民にも伝わってくる。
今回のCOVID-19がいつ収束するのか,そして新たな未知の感染症によるパンデミックがいつ発生するかはわからないが,病院における感染症対策が今後ますます重要になってくることは疑いがない。病院の感染症対策全体の中では,当社のような計測・制御メーカーにできることはごく一部に限られてはいるが, 医療従事者等を感染リスクから守り,社会の基盤として重要な役割を担っている病院を支えるためにも,本稿で紹介したような製品や技術を通じて,微力ながらも貢献できれば幸いである。
<参考文献>
(1) 厚生労働省:感染症指定医療機関の施設基準の手引き(平成16年)
(2) Joint Commission International:病院認定基準第6版(2017)
(3) 井田 寛,新谷 哲史,石原 正也:「圧力可変対応 病棟の計画概要と検証結果」,クリーンテクノロジーVol. 24 No. 1 (2014)
(4) American Society of Heating, Refrigerating an Air-Conditioning Engineers:2019 ASHRAE Handbook - HVAC Applications 17.11 (2019)
<商標>
Infilexはアズビル株式会社の商標です。
<著者所属>
石原 正也 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー
マーケティング本部ワークプレースソリューション部
作山 恭一郎 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー営業本部営業1部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2021年05月に掲載されたものです。
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