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人を中心とした空調制御の研究

実オフィスにおける温冷感申告型空調の導入効果検証

キーワード:室内環境,快適性,温熱満足度,知的生産性,温冷感申告型空調

建物内に健康・快適で知的生産性に優れた空間を形成する上で、空調制御は大きな役割を担っている。このような空間形成の空調制御技術の1つとして、居住者が自身の温冷感(暑い/寒い)の情報を空調制御ループに直接フィードバックする温冷感申告型空調が提案されている。本研究では、温冷感申告型空調を導入した実オフィスにおいて、導入前後の室内環境・執務者の温冷感・満足度・知的生産性、空調の消費エネルギーについて調査した結果を報告する。

1.はじめに

人々が建築空間内で過ごす時間は生涯の約9割というデータ(1)も報告されており,建築空間は人の生活に大きく関わっている。2014年には人の健康とウェルビーイング(身体的,精神的,社会的に良好であること)に着目した間・建築の評価システムWELL認証(WELL Building Standard™)(2)が公開され,健康で快適な空間が世界的な標準で評価されるようになった。また,2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標SDGsでは,包摂的かつ持続可能な経済成長の促進が重要とされており(3),持続的な経済発展を支える上で人々の生産性の向上も重要なファクターとなっている。このような中,執務環境の改善,知的生産性の向上,優秀な人材確保等の観点から,働く人の健康性や快適性に優れた不動産への注目が国際的に高まっている。日本では,このような建築物の普及のための認証制度としてCASBEE (建築環境総合性能評価システム)のWO(ウェルネスオフィス)認証(4)の運用が2019年よりスタートした。CASBEE-WOでは,建物内で執務するワーカーの健康性,快適性に直接影響を与える要素だけでなく,知的生産性の向上に資する要因についても評価される。

以上で述べたような健康・快適で知的生産性の高い空間を形成する上で,建物の空調制御は大きな役割を担っている。国際的な標準やガイドラインを牽引している米国の暖房冷凍空調学会ASHRAE(American Society of Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers)では2019-2024年のstrategic planにおける戦略的強化領域としてIEQ(Indoor Environmental Quality: 室内環境の品質)を掲げており,ASHRAE Handbook(5)には現在,人を中心とした計測・制御を取り扱うOccupant-Centric Sensing and Controlというチャプターも追加されている。

知的生産性の向上には室内環境への満足度が影響を及ぼすとされており(6),空調環境に対する満足度は質の高い室内環境実現において重要な要素となる。しかしながら,温冷感(暑い/寒い)や満足度の感じ方は同じ環境でも人によって異なるため,室温を一定の設定値とするような一律な空調制御で居住者の環境満足度の向上を追求するのには限界がある。

そこで,より一層居住者の環境満足度を向上させる空調ソリューションとして,実際の居住者の温冷感(暑い/寒い)をWEB画面や専用端末を通じて空調制御ループに逐次フィードバックする温冷感申告型空調が提案されている(7 )(8)。温冷感申告型空調は自身の環境を自ら変更できるという環境選択権(9)の付与や自己効力感注1の観点からも居住者の満足度の向上が期待できる。

本研究では,大人数が執務するオープンスペースのオフィスを対象として,温冷感申告型空調の導入が執務者の温熱満足度や知的生産性に及ぼす影響を調査した。導入前後の室内環境や空調エネルギーについても調査・分析を行ったので,併せて報告する。

本稿では,2章において従来型空調と温冷感申告型空調の違いについて述べたあと,3章において実オフィス調査の概要を,4章において調査・分析の結果を提示する。

注1  外界の事柄に自分が何らかの働きかけをすることが可能である という感覚

2.室温を一定とする従来空調と温冷感申告型空調

2.1 室温を一定とする従来型空調

図1は設備管理者が一定の室温設定値を決定する従来型の一般的な空調制御ループの例を示している。設備管理者は,例えば,自身の経験やビル管法注2に記載されている室内温度範囲,ISO-7730やANSI/ASHRAE Standard に示されている快適指標PMV(Predicted Mean Vote:予測平均温冷感)などを考慮しながら,居住者が快適になるように配慮した室温の設定値を決定する。そして,これを空調システムに設定することで,室温はこの設定値となるように制御される。しかしここで,居住者の感じ方は「標準的」な感じ方とは限らず,人によって感じ方も異なるので,実際の居住者の快適室温とはズレが生じやすい。

図1 設備管理者が設定値を入力する空調制御ループの例

注2  構築物における衛生的環境の確保に関する法律

2.2 温冷感申告型空調

図2は居住者の温冷感申告を空調制御ループに直接フィードバックする温冷感申告型空調の制御ループの例を示している。図1と同様に設備管理者が室温の設定値を決定するが,温冷感申告型空調の場合には,実際の居住者からの温冷感申告に応じて室温の設定値が補正される構成となっている。このように居住者の情報が空調制御ループにフィードバックされる構成は,前述したASHRAEのOccupant-Centric Sensing and Controlのスキームにも合致する。

室温設定値の補正は,例えば,居住者からの「寒い」申告を受信すると室温設定値を0.5℃上げ,「暑い」申告では室温設定値を0.5℃下げる,というように,受信する情報に応じて補正動作が決定される。図1と図2に対応する室温設定値のイメージを図3に示す。

図2 温冷感申告型空調の空調制御ループの例

図3 室温設定値のイメージ

3.温冷感申告型空調導入オフィスの調査

本章では実施した調査研究の概要について述べる。

3.1 調査概要

A社事務棟の執務エリア(3階フロア,執務者296名)で2019年夏季に調査を実施した。本調査の概要を表1に示す。7月23日~31日は室温設定値を固定する室温一定方式の制御,8月1日~8日は温冷感申告に応じて室温設定値が変更される温冷感申告方式の制御を運用し(以降,各々の期間を「導入前」および「導入後」と記述する),執務環境の実測・執務者へのWEBアンケートを実施した。実施期間中の空調運用情報(室温設定値等)は空調システムに定期的に収集されている。

3.2 執務エリアの概要

3.2.1 空調ゾーンの概要

対象とした執務エリアの空調ゾーンを図4に示す。インテリアゾーン(SI)・ペリメータゾーン(SP)共に東西方向に8ゾーンずつに分割され,1台の空調機で稼働するVAV(Variable Air Volume:可変風量)式のセントラル空調が採用されている。インテリアゾーンの風景を図5に示す(図4右の矢印位置より撮影)。ペリメータゾーン(SP)の座席は数席であり,執務者の座席はインテリアゾーン(SI)に集中している。

3.2.2 温冷感申告型空調の概要

導入した温冷感申告型空調システム(8)は ,「寒い」申告を受信すると室温設定値を0.5℃上げ, 「暑い」申告では室温設定値を0.5℃下げる補正を行うが, 「暑い」申告を受信後の10分間は室温設定値を2.5℃下げ,その後に元の設定値から0.5℃下げた本来の補正値に戻す設定値変更を行う。これにより,温冷感申告に対応する空調制御の即応性を向上させ,居住者が環境変更を感じやすくしている。執務者の温冷感申告は,自身のPCのブラウザ上の画面(図6)を利用し,自席の空調ゾーン名を選択した後,「暑い」「快適」「寒い」から自身の温冷感を選択する。

3.3 執務環境実測

執務エリア内の環境実測点を図4に示す。フロア内に12カ所配置し,温湿度・グローブ温度注3・照度は10分間隔,風速は5分間隔の連続測定を行った。また,代表日においてCO2濃度の1分間隔の連続測定を1時間行った。

表1 調査概要

導入前導入後
調査期間2019/7/23-312019/8/1-8
調査対象建物A社 事務棟3階
空調方式VAV式セントラル空調
調査対象者執務者298名(男196名,女102名)
調査方法
  • 執務環境実測(12カ所)
    温湿度,風速,照度,CO2濃度
  • WEBアンケート調査
    一個人属性(導入前1回)
    一主観評価(導入戦後1回ずつ)
アンケート調査1回(7/23-25)1回(8/7-8)

図4 空調ゾーンと環境実測点

図5 執務空間の風景

図6 執務者の温冷感申告の画面

注3  黒球温度。室内では壁・窓などの周囲からの放射影響を観測するために計測する。

3.4 WEBアンケート調査

アンケートはすべてWEB形式で実施した。性別,年代, BMI注4, 暑さ・寒さに対する敏感さ(暑がり/寒がり),在席率などの個人属性について,導入前の期間に1回のアンケートを実施した。また,導入前・導入後それぞれの期間で,温冷感や温熱満足度などの心理量,および知的生産性評価のための主観作業効率についてアンケート調査を行った注5(表2)。

注4  Body Mass Index. ヒトの肥満度を表す体格指数

注5 導入前アンケートの回答数は179名,導入後の回答数は127名であり,前後ともに回答した人は89名であった。そのうち体調不良者の回答を除外した87名をサンプルとして用いた。

4.調査結果

本章には3章で述べた調査の結果を示すが,4.1室内環境の評価については図4の環境実測点に対応する4つのエリア “SI-1+ 2”,“SI-3+4”“,SI-5+6”,“SI-7+8”(図4の赤枠エリアに対応)を評価単位とした。

4.1 室内環境の評価

4.1.1 室内環境の実測結果

表3に温冷感申告型空調導入前後の室内環境の実測結果(各調査期間の就業時間帯におけるフロア内環境実測点の平均値と標準偏差)を示す。導入前のCO2濃度データが欠損しているが,空調システム側で室内還気のCO2濃度に大きな変化がなかったことを確認しており,導入前後の照度・CO2濃度は同等であったといえる。また,導入後に室温が0.4℃,平均的な温冷感を示すPMV注6も0.2上昇していることから,導入後の室内環境が執務者にとって暖かい側にシフトしたことがわかる。PMVの上昇についてはエリア毎のばらつきも少なく,導入前-0.1~0.0から導入後0.1~0.2へといずれも0.2程度上昇していることを確認した。ここで,表3でPMVの算出に関わる4つの物理量(室温,グローブ温度,湿度,風速)注7のうち,風速と相対湿度は導入前後でほぼ同等か,導入後いずれも涼しい側に向かう変化(PMVが小さくなる変化)となっているため,PMV上昇の要因は,室温とグローブ温度(放射環境に関わる物理量)の上昇が要因である。国際標準であるPMVは大人数を前提とした平均的な指標であるため,実際のオフィス執務者の熱的中立点や快適域にズレが生じることは珍しくない(10)。よって,導入後に見られる室温上昇が,執務者の温冷感申告によるものであれば,室内環境は執務者の好みの方向に調整されたこととなる。温冷感申告への対応は室温設定値の変更履歴として空調システムに蓄積されるため,次項では室温設定値について分析する。

表2 心理量の測定項目

項目評価スケール
体調悪い〜良い(5段階)
温度寒い〜暑い(7段階)
湿度乾いている〜湿っている(5段階)
気流非常に不快〜非常に快適(7段階)
上下温度差 強く感じる〜全く感じない(4段階)
温熱満足度不満〜満足(5段階)
空気質環境満足度不満〜満足(5段階)
主観作業効率0〜100%(最も作業効率が良い時を100%とする)

表3 室内環境実測結果(フロア平均値±標準偏差)

測定箇所導入前導入後
室温[℃]床上1.1m24.7±0.725.1±0.6
床上0.1m24.5±0.424.9±0.6
グローブ温度[℃]床上1.1m24.5±0.325.1±0.7
相対湿度[%]床上1.1m51±747±5
風速[m/s]床上1.1m0.11±0.060.15±0.15
PMV 床上1.1m-0.1±0.20.1±0.3
CO2濃度[ppm]床上1.1m813±45
照度[lx]床上1.1m929±88918±110

注6   2.1で説明したように,PMVは国際標準の温熱快適指標である。-3≦PMV≦+3の範囲で定義され,PMV=0は暑くも寒くもない熱的中立の状態(工学的には快適の状態)を示す。マイナス側は寒い側・プラス側は暑い側(-3:「非常に寒い」,+3:「非常に暑い」)の温冷感を示し,快適域は-0.5≦PMV≦+0.5とされる。

注7  PMVの算出には4つの物理量(室温,平均放射温度,湿度,風速)と2つの人の状態量(着衣量,代謝量)が用いられる。表3中のPMV計算において,着衣量と代謝量は夏季オフィスを想定した一定値(着衣量0.6 [clo],代謝量1.2[met]) を用いているため, PMVの変化は主に4つの物理量の変化に起因する。また,平均放射温度は放射環境を示す物理量であり,表3中のグローブ温度と風速から演算することができる。

4.1.2 室温設定値と室温の分析

4.1.1で示したPMVの上昇が,執務者の温冷感申告によるものかどうかを確認するため,空調システムに1分ごとに蓄積されている室温設定値のデータを分析した。導入前の室温設定値は一定に固定された運用であるが,2.2で述べたように,導入後は執務者の温冷感申告に応じて室温設定値が変化する。図7は導入後(期間中就業時間帯)の室温設定値の出現時間割合を示している。導入前の室温設定値はSI-1のみ26.0℃,SI-2~SI-8は24.0℃だったため,エリア別に見た導入前の出現時間割合(不図示)は,SI-1+2のみ24.0℃と26.0℃が各々50%,他の3つのエリアは24.0℃が100%である。これに対し,導入後の各エリアの室温設定値は執務者の温冷感申告により21.0~28.0℃まで広がっていることがわかる。SI-1+2では25.0℃未満の時間帯が68%を占め,平均的には導入前より涼しい側に移行しているが,SI-5+6 およびSI-7+8では24.0℃以上の時間帯がそれぞれ90%,68%と,導入前より暖かい側に移行し,SI-3+4の設定値は両側に広がった。

ペリメータゾーンは執務者も少数であることから導入前後の設定値の変化はほとんどなかったが,これらを併せてフロア全体で見ると,24.0℃未満が14% 増加したものの, 25.0℃以上が36% 増加し,執務者による温冷感申告によってフロア全体として設定値が緩和されたことがわかった。執務者は4.1.1で述べた放射環境(グローブ温度上昇)の影響も感じながら温冷感申告を行っているため,設定値の緩和は執務者による環境調整が機能した結果と考えられる。また,図8に示した各エリアの室温の変化を見ると,設定値が平均的に涼しい側に移行したSI-1+2は下降,他は上昇していることも確認できる。

次節では,このような環境調整で執務者の温冷感・温熱満足度・知的生産性がどのように変化したか評価した結果を示す。

図7 室温設定値の出現時間割合(導入後)

図8 室温(床上1.1m)の変化

4.2  温冷感・温熱満足度・知的生産性の評価

執務者へのアンケート結果により,温冷感申告型空調導入前・導入後の温冷感・温熱満足度・知的生産性(主観作業効率)の比較を行った。4.2.1ではアンケート結果全体を評価し,4.2.2では温冷感申告を行った執務者(申告有)と行わなかった執務者(申告無)の差異に着目し,申告有無の2群に分けて同様の評価を行った。

4.2.1  温冷感申告型空調の導入前後の比較

(1)温冷感の評価
導入前後の温冷感の回答結果を図9に示す注8。暑い側(「やや暑い」「暑い」)および寒い側(「やや寒い」「寒い」)の回答者は導入後に減少し,中立側(「涼しい」「どちらとも言えない」「暖かい」)の回答者が19.5pt有意に増加した。表3より期間内のPMV平均値は導入後に上昇したことがわかっているが,導入後に暑い側(「やや暑い」「暑い」)の回答者が減少している。表3において導入後の風速が上昇して標準偏差も広がっていることから,空調が「暑い」申告に対応した所定時間内(室温設定値が下がり,空調の吹出し風速が上昇する時間帯)においては暑さが緩和されていた可能性が考えられる。

(2)温熱満足度の評価
導入前後の温熱満足度の回答結果を図10に示す注8。不満側(「やや不満」「不満」)の回答者は導入後に減少し,満足側(「満足」「やや満足」「どちらともいえない」)の回答が9.3pt有意に増加した。温熱満足度の向上は,温冷感の中立側の回答が増加した結果(図9)とも矛盾していない。

(3)主観作業効率の評価
導入前後の主観作業効率の回答結果を図11に示す注9。導入後の主観作業効率は2.5pt有意に向上した。温冷感申告型空調の導入により温熱満足度が高い側にシフトしたことが,主観作業効率の向上につながったと考えられる。

図9 温冷感評価

図10 温熱満足度評価

図11 知的生産性評価

注8  Wilcoxonの符号付順位検定を実施(†:p<0.10, *:p<0.05, **:p<0.01, ***:p<0.001)。

注9  対応のあるt検定を実施(†:p<0.10, *:p<0.05, **:p<0.01,***:p<0.001)。

4.2.2 申告操作の有無が温冷感・温熱満足度・知的生産性の比較結果に及ぼす影響の分析

同じ環境でも自ら調整した環境の方が高い満足度を得られることが報告されている(11),1章で述べたように,温冷感申告型空調は,自身の環境を自らが調整可能であるという環境選択権を付与されることになるため,実際には自身で温冷感申告をしていない執務者も環境の受容度や温熱満足度が向上する可能性がある。本項では,温冷感申告を行った執務者と行わなかった執務者を2群に分けて(以降,申告有り群/申告無し群と記述する),温冷感・温熱満足度・知的生産性に及ぼす影響を比較した結果を示す注10

(1)温冷感の評価
導入前後の温冷感の回答結果を申告有無で2群分けした比較結果を図12に示す注11申告無し群において,中立側(「涼しい」「どちらともいえない」「暖かい」)の回答が導入後に20.8pt有意に増加していた。また,導入後は,両群において「暑い」「やや暑い」という回答が減り, 「涼しい」という回答が増えた。申告無し群においても,申告有り群からの「暑い」申告に対応した所定時間内で暑さが緩和された可能性が考えられる。

(2)温熱満足度の評価
導入前後の温熱満足度の回答結果を申告有無で2群分けした比較結果を図13に示す注11。導入後の温熱満足度は,満足側(「満足」「やや満足」「どちらともいえない」)の回答が申告有り群において4.5pt,申告無し群において14.0pt有意に向上した。申告有り群においては自身の申告操作による空調動作の対応と自己効力感により満足度が向上したと考えられる。申告無し群においては,アンケートの自由記入(アンケートを操作しなかった理由)の回答などから,不満を持ちながらも煩わしさなどの理由から申告を行わなかった一定の割合の執務者が他の執務者の申告による温熱環境の変化に満足したことも要因と考えられる注12

(3)主観作業効率の評価
導入前後の主観作業効率の回答を申告有無で2群分けした比較結果を図14に示す注13。主観作業効率は両群ともに向上したが,申告有り群において3.2pt有意に向上した一方で,申告無し群においては,有意差は確認されなかった。

図12 温冷感評価(申告有無2群分け)

図13 温熱満足度評価(申告有無2群分け)

図14 知的生産性評価(申告有無2群分け

注10  導入前後ともに回答した89名のうち体調不良者を除いた87名を申 告操作の有無のサンプルとして用いた。

注11  導入前後ではWilcoxonの符号付順位検定, 導入前・後同士ではMann-WhitneyのU検定を実施(† : p < 0.10, * : p < 0.05, ** : p < 0.01, *** : p < 0.001)。

注12  アンケートで操作をしなかった理由として,申告が面倒・他の人頼り・他の人に遠慮した等と回答した執務者の半数以上が導入後の温熱満足度において満足側の回答をした。

注13  対応のあるt検定を実施(† : p < 0.10, * : p < 0.05)

4.2.3 エネルギーの評価

就業時間における外気エンタルピーと日積算熱量(冷房)との関係を図15に示す。外気エンタルピー・積算熱量はともに,導入前に比べて導入後の方が大きかった。本項では,外気エンタルピーの高い導入前2日間と導入後6日間(図中の青枠内)についての評価結果を示す。

(1)消費エネルギー
熱源および空調機の導入前後の日平均消費エネルギー量を図16に示す。導入前に比べて,熱源エネルギー(チラー)が6%減少した一方,空調機エネルギー(給気・排気ファン)は8%増加した。熱源エネルギーおよび空調機エネルギーの合計では導入後に3%削減された。

(2)給気温度・給気風量と消費エネルギーの分析
給気温度は導入前15.8±1.0℃(平均値±標準偏差)に対して,導入後17.3±1.8℃まで緩和された。温冷感申告型空調の導入により設定値が緩和されて給気温度が上昇したためと考えられる。一方で,フロア全体の総風量には変化がなかったが,吹き出し風量の標準偏差は導入前に比べて約2.8倍に広がった。表3において,室内風速やその標準偏差も導入後に大きくなっていることを確認できる。居住者の温冷感申告に応じた設定値の変更に伴い,VAVの吹き出し風量が変化し,風量バランス維持のため給気・排気ファンのインバータ出力値が増加したことが,ファン動力が増加した原因と考えられる。

図15 外気エンタルピーと積算熱量

図16 消費エネルギー

5.まとめ

温冷感申告に応じて室温設定値が変更される温冷感申告型空調の導入が,室内環境・執務者の温熱満足度と知的生産性・空調の消費エネルギーに及ぼす影響について,調査を実施した。この結果,調査対象とした夏季の実オフィスについて,以下のことがわかった。

  • 執務者の温冷感申告により,フロア全体として室温設定値が緩和され,室内環境(PMV)も暖かい側にシフトした。
  • 執務者の温冷感は「暑い・やや暑い」「寒い・やや寒い」が減少して中立側に移行した。室内環境は平均的に暖かい側にシフトしたが, 「暑い」申告に対応した所定の制御時間帯において暑さが緩和された可能性が考えられる。
  • 執務者の温熱満足度・主観作業効率は有意に向上した。
  • 温冷感申告を行った執務者/行わなかった執務者を2群に分けて分析を行った結果,いずれの執務者も温冷感が中立側に移行して温熱満足度が向上し,知的生産性も向上する可能性が示された。
  • 導入後は3%の省エネルギーとなった。設定値緩和による給気温度の上昇が熱源エネルギー減少の主な要因であった。

以上により,温冷感申告型空調の導入が,多くの執務者の温熱満足度と知的生産性の向上に寄与する可能性が示された。

6.おわりに

人を中心とした空調制御の技術開発・技術改良には,様々な居住者が活動する実フィールドでの調査研究が重要な意味を持つ。今後も実フィールドでの調査を継続し,一人ひとりの居住者に配慮した健康性や快適性に優れた空調制御の技術開発を進めていきたい。

<謝辞>

本研究は,アズビル株式会社・慶應義塾大学共同研究費, JSPS科研費JP17H06151により実施した。本調査研究にご協力いただいた皆さまに感謝の意を表する。

<参考文献>

(1) 塩津,古澤,池田 他:生活時間調査による屋内滞在)時間量と活動量 : 室内空気汚染物質に対する曝露量評価に関する基礎的研究 その1,日本建築学会計画系論文集:63(511), 45-52, 1998

(2) WELL Building Standard, Ver.1, International WELL Building Institute, 2017

(3) 外務省:SDGs実施指針改定版(2019年12月決定), https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/kaitei_2019.pdf, 2019/12/20, 2020.1.29参照

(4) 一般財団法人 建築省エネ機構:CASBEEウェルネスオフィス評価認証,https://www.ibec.or.jp/CASBEE/certification/WO_certification.html, 2021.2.2参照

(5) 2019 ASHRAE Handbook:Heating, Ventilating, and Air-conditioning Applications chap.65

(6) 川口玄,西原直枝,羽田正沖 他:室内環境における知的生産性評価(その8)採涼手法の導入による温熱環境満足度の向上が知的生産性に与える影響,空気調和・衛生工学会学術講演論文集Ⅲ:2015-2018, 2008.8

(7) 立岩一真,村澤達:次世代空調システムに向けた「8つのトライ」-クラウドを利用した温冷感申告型空調システムの検討-,空気調和・衛生工学会学術講演論文集Ⅲ: 37-40, 2016.9

(8) 大曲康仁,太宰龍太,鈴山晃弘 他:温冷感申告対応 空調システムの実証試験,空気調和・衛生工学会学術講演論文集:41-44, 2016.9

(9) 日本建築学会編:環境のヒューマンファクターデザイン -健康で快適な次世代省エネ建築へ,井上書院:2020.9.10

(10) J. van Hoof:Forty years of Fanger’s model of thermal comfort : comfort for all?, Indoor Air 18 (3):182-201, 2008

(11) ISO7730, 2006: Ergonomics of the thermal environment- Analytical determination and interpretation of thermal comfort using calculation of the PMV and PPD indices and local thermal comfort criteria

<商標>

CASBEEは,一般財団法人建築環境・省エネルギー機構の登録商標です。

<著者所属>
三浦 眞由美 アズビル株式会社 技術開発本部商品開発部
上田 悠 アズビル株式会社 技術開発本部商品開発部
太宰 龍太 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニーマーケティング本部IBシステム部
清水 悠香 慶應義塾大学大学院 理工学研究科修士課程
伊香賀 俊治 慶應義塾大学理工学部 教授 博士(工学)

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2021年05月に掲載されたものです。