高度に安定した校正環境を実現する新校正施設
キーワード:計測器,トレーサビリティ,校正室,室圧制御,気流制御,縁切り構造
正しく測るためには計測器を正しい手順で使用することが重要だが,計測器を使用する場所の温度や湿度などの測定 環境にも注意する必要がある。実際,計測器には測定時の温湿度変化によって測定結果が変わるほどデリケートなもの も多く,その計測器が正しく測れていることを確認(校正)する作業においてはなおさら測定環境を安定させることが重要 になる。本稿では,アズビルが建設中の新校正施設で実現しようとしている機能の紹介を通して,計測器で「正しく測る」 ためには安定した測定環境がいかに重要かについて説明する。
1.はじめに
アズビルは1906年の創業時より計測と制御を中核とした事業を展開しており,1世紀以上の長きにわたり「正しく測る」ことを追求してきた会社である。この「正しく測る」を支えているのが校正と呼ばれる,計測器の示す値がどの程度ずれているのかを確認する業務である。アズビルでは藤沢テクノセンター(神奈川県藤沢市,以下,アズビルFTC)と香春技術センター(福岡県田川郡)に校正を行う専門の施設を設置しており,azbilグループとしてはアズビル京都(京都府船井郡)とアズビル金門校正サービスセンター(福岡県糟屋郡)にもそれぞれが得意とする液体大流量と気体大流量の校正を行う施設がある。これらの施設では国内外のazbilグループ各社が行っている生産業務あるいは保守・修理などのサービス業務で使用する計測器の校正を行い,製品やソリューションの品質安定に貢献してきた。
なかでもアズビルFTCの校正施設(以下,標準室)は1996年に設置され,関係者のたゆまぬ努力と継続的な投資によって日本でもトップクラスの校正事業者に成長したが,設置後20年以上が経過した現在抱える課題として,1. 業務拡大に伴い現在の標準室が手狭になってきたこと,2. 現在の標準室はオフィスビルの一部を改良して使用しているため,測定環境の精密な制御に限界があること,3. アズビルFTCの中で最も海抜が低い位置に設置されているため近年頻発する台風やゲリラ豪雨等による水害のリスクが高いこと,などがある。
2021年4月に社外発表された通り,アズビルFTCにおいて新実験棟1(通称103建物)と新実験棟2(通称104建物)の建設が進んでおり,2022年5月に竣工の予定である。このうち104建物(図1,図2)に新しい標準室(以下,新標準室)を設置する予定で,これによって前述の課題1~3を大きく改善できると考えている。特に課題2に対しては現在の建築技術とアズビルの持つ空調技術を結集し,考えられる限りの対策を施している。
図1 新実験棟2(104建物)完成イメージ図(提供:株式会社日建設計)
図2 建設中の新実験棟2(2021年12月撮影)
2.環境の変化が標準器に与える影響
2.1 校正における環境の重要性
標準室では重さや長さなど10種類以上の物理量について校正を行っている。このうち,温度,湿度,圧力,電気,流量,周波数の6種の物理量についてはJCSS(Japan Calibration Service System)校正事業者として登録されている。登録されるためには,厳格に管理された物理標準(標準器),技術者の力量,および校正を行う環境を一定条件で維持する能力が求められるが,アズビルが提供する校正レベルに必要な精度でJCSS登録事業者認定を維持するためには,前述の3つの条件すべてにおいて極めて高いレベルが要求される。以下に,環境変化が校正に及ぼす影響の概要について述べ,具体的な対策については3章,4章で述べる。
2.2 環境条件が校正に及ぼす影響
校正に影響を及ぼす主な環境条件として,標準室内の温度,湿度,気圧,振動,気流がある。以下にそれぞれが校正に与える影響について概説する。
2.2.1 温度
温度の変化は5つの環境条件の中で校正に及ぼす影響が最も大きく,多くの計測器に対して様々な影響を与える。例えば,ノギスのような金属製の計測器が温度変化によって伸び縮みすることは想定できるが,その他にも圧力の標準器である重錘形圧力天びんで最も重要な部品であるピストン・シリンダは金属製のため温度変化によって熱膨張・収縮するし,電気の標準器や時間の標準器は素材の特性上,温度変化によって値が変化する。また,湿度計測や流量計測では対象とする空気や流体の体積や密度,圧力の安定性が重要になるが,これらは温度変化に大きく影響される。このように構造上,または原理上,温度変化が測定結果に及ぼす影響が大きい計測器は数多くある。そのため温度の影響を可能な限り受けないようにするためには,室内を一定温度に保つのはもちろん,温度の変化量(一定時間内の上下限温度の幅)が測定精度に影響を及ぼさないように維持することも重要になる。
2.2.2 湿度
湿度は特に冬場に注意が必要となる。湿度が高いと結露を起こしやすくなり,低いと静電気が発生しやすくなるため,いずれも計測器の故障につながる可能性がある。また,湿度が低い場合は人の衣服にも静電気が溜まりやすくなり,その人が計測器の近くを移動すると測定結果(特に電気計測)にノイズが混入することはよく知られている。このような事象の発生を防ぐためにも相対湿度50 %で維持することが重要となる。
2.2.3 気圧
精密な計測を行う場合,大気圧のわずかな変化が結果に影響を及ぼすことがある。図3は現在の標準室で計測した室圧の変化量であるが,グラフ上の小さなピークはドアの開け閉めによる気圧の変動を表している。わずか10 Pa~20 Pa (標準大気圧は101325 Pa≒1013h Pa)ほどの変化だが,0.01 Paレベルの圧力(微圧)計測には十分に大きな影響となる。また,数 mL/min程度の微小気体流量計測ではこのわずかな変化が無視できない気体の体積変化を引き起こし,測定結果に影響を及ぼす。精密な湿度計測では,わずかな気圧の変化が空気中の飽和水蒸気量を変化させるため湿度(相対湿度)の測定結果に影響が出る。これらを避けるためには気圧の変化量が測定精度に影響を及ぼさないように維持することが重要になる。
図3 現在の標準室の気圧変動
2.2.4 振動
振動は主に重さの計測に影響する。このため,重さを測ることが校正の一部になっている場合はすべて影響を受ける(図 4)。
例えば圧力計測で用いる重錘形圧力天びんは,気体また は液体が重りを押し上げる力で圧力を計測する方法である。また,流量計測でも一定時間に流れた気体や液体の重さを計測して流量を求める方法もある。これらの校正を行う場合は振動がある環境で正しい測定結果を出すことが極めて難しい。このような計測器には振動が可能な限り伝わらないような仕組みが必要となる。
図4 振動と気流の影響
2.2.5 気流
気流も振動と同様,重さの計測に影響する。はかりや前出の重錘形圧力天びんで計測中に気流が当たると測定結果に影響が出る(図4)。一方で気流が全くないと室内の温度にばらつきが生じる。計測器に影響を与えず,室内温度も均一にできるような気流を発生させる仕組みが必要になる。
3.温度,湿度,圧力を制御する空調システム
104建物の新標準室には,温度,湿度,圧力流量,電気・長さなどの物理量を管理する4つの部屋を設置する。ここでは,温湿度や圧力を安定させるための新標準室の空調システムについて紹介する。
3.1 空調システムの全体像
新標準室の空調システムは,共通の空調機で空気を1次処理した後,各部屋へ給気するダクト内に設置してある電気ヒーターと電熱式蒸気発生器にて,各部屋の温度と湿度環境を個別に制御している(図4)。このシステムにより,部屋ごとに単独の空調機を設置するよりもイニシャルコストを大きく抑えて,安定な温度・湿度環境を実現することができる。
図5 新標準室の空調システム
3.2 外乱を防ぐための仕組み
3.2.1 流量計測機能付バルブによる制御
空調設備の冷温水配管には他の空調設備も多数接続されており,その使われ方により配管内の圧力は変動するため,コイル(熱交換器)に流れる流量はバルブ開度が一定であっても変動してしまう。そこで共通空調機の冷水コイル・温水コイルの制御バルブには流量計測制御機能付電動二方弁ACTIVALTMを採用し,コイルを通過する冷温水流量(以降,実流量)を PID制御する内部ループと給気温度をPID制御する外部ループからなるカスケード制御を採用した(図6)。この制御により,配管内の圧力変動による実流量変化をすぐに捉えて給気温度に影響する前に補正することができ,制御を安定させることができる。
図6 実流量によるカスケード制御
3.2.2 ベンチュリ―型風量制御バルブ
空調設備のダクト内の圧力は,屋外の風が空調機の外気 取入口や排気口に吹き付けることで激しく変動する。ダクト内の圧力が変われば,通常は室内に吹き出す風量も変化し,室圧も安定しない。新標準室の給排気量では,圧力独立性機構を備えたベンチュリ―型風量制御バルブInfilex VN(以降,風量制御バルブ)を採用している。風量制御バルブはスプリングの伸縮によりダクト内圧力変動を瞬時に吸収する機構(以下,コーン)を持ち,設定どおりの風量を維持することができる(図7)。新標準室の室圧は,標準室内に給気する風量と排気する風量をこの風量制御バルブにて正確に制御することで安定させている。
図7 風量制御バルブの特徴
3.3 省エネルギー制御
新標準室の空調システムは共通空調機でコイルによる除湿や加熱をするが,各部屋のダクト内でも電気ヒーターによる加熱や電動式蒸気発生機での加湿をするため,その負荷処理の分担を適切に制御することが重要となる。
(1)共通空調機の除湿量可変制御
各部屋の蒸気発生装置の出力のすべてが一定値以上の場合は共通空調機での除湿を抑えるように自動で調整し,蒸気発生装置の出力も抑えることができるため省エネルギーとなる。
(2)共通空調機の加熱量可変制御
各部屋の電気ヒーターのすべての出力が一定値以上の場合は,共通空調機での加熱を自動で強めることで,電気ヒーターの出力を抑えることができる。共通空調機の加熱エネルギーは増加するが,加熱に使用する温水は建物共通の高効率ヒートポンプで生成しているため,電気ヒーターで加熱するよりも効率が良く,エネルギー使用量の削減に貢献できる(図8)。
図8 適切な負荷分担による省エネルギー制御
4.気流と振動を制御する仕組み
2章で述べた通り,精密な計測を行うためには室内温度のばらつきを生じることなく計測器にも影響を与えない程度の適度な気流を発生させ,振動をできる限り抑える仕組みが必要となる。ここでは気流と振動を抑えるための仕組みについて説明する。
4.1 気流を抑える仕組み
校正作業を行う際,計測器に影響を与えない気流速は一般に1 m/s以下と言われている。流速を減らすために,単に空気の吹き出し流量を抑えると,標準室内の温度分布にばらつきを生むことになる。吹き出し流量を保ちつつ流速を抑えるためには,極力均質な流れを作り出す必要がある。このために,標準室の吹出口を十分大きいパンチングメタルとし(図 9),設置数も増やした。
図9 パンチングメタル(左)と通常の吹き出し(右)
これらの工夫により温度分布のばらつきを少なくでき,計測器への影響も小さい均質で柔らかな流れを作り出すことができる。
4.2 振動を抑える仕組み
104建物は実験棟という位置づけであり,コンプレッサーなど振動源となりうる設備が多数設置される。これらの設備が発生させる振動はわずかであっても精密な計測には大きな影響を及ぼすため,振動を嫌う校正を行う部屋には振動を伝わりにくくする仕組みが必要となる。そこで新標準室では縁切りと呼ばれる当該の部屋に専用の基礎を設けて建物全体の基礎と物理的に切り離す構造を採用し,他の部屋からの振動が伝わりにくい構造にした(図10,図11)。
図10 縁切り構造の概要
図11 縁切り構造により床にできた溝
5.今後の取組み
新標準室の適切な性能維持の確認,継続的な改善活動を実施していくには,各標準室や空調設備のデータ解析が必須となる。本システムが接続されている中央監視装置savic-net G5では,測定点ごとにデータのサンプリング周期を最短1秒周期で設定できるようになっている(1)。室圧などのように変化の激しい測定点は,データ収集周期も短く設定し,新標準室の状況をより正しく把握し,改善活動につなげていきたいと考えている。
2020年初頭以降,新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって出社人員の削減を余儀なくされたが,それでも限られた人員で校正業務を継続しなければならず,事業継続の観点から脆弱な体制であることを痛感した。このため自動化や遠隔支援など人員の減少を補うためのリモート対応を進めていきたいが,それには環境が自動制御されている状態は必須となる。リモート対応を進めるには,環境条件以外にも課題は多いが,この移転を機に取り組みを加速させたいと考えている。
6.おわりに
新標準室において「正しく測る」ために必要な測定環境の条件とそれを実現するアズビルの空調技術や建築技術について述べた。校正という厳密さを要求される作業だからこそ厳しい条件が必要となるが,計測器の測定環境を安定させるというのは校正に限った話ではなく通常の計測を行う際も注意が必要である。測定結果に違和感がある場合には改めて測定環境を確認してみてはいかがだろうか。
本稿で紹介した新標準室を設置予定の新実験棟は2022年5月に竣工予定と書いたが,残念ながらすぐにフル稼働できるわけではない。一部の校正設備については現在の標準室から移動して稼働する予定になっているが,それ以外の校正設備については年間を通して安定した測定環境が必要となるため,1年ほどかけて新標準室の環境制御能力の確認を行い,問題があれば対応する作業が必要となる。
まだまだ気の抜けない日々が続くことになるが,あらゆる確認作業が完了し,すべての校正を新標準室で行えるようになった暁には世の中に誇れる校正施設になっていると確信する。その際にはぜひアズビルFTCにお越しいただき,「正しく測る」ことの楽しさ,難しさ,大切さを感じるとともに,アズビルの技術を体験して頂ければ,関係者一同これに勝る喜びはない。
<参考文献>
(1)深浦, 高度なエネルギー管理と快適な空間を提供するsavic-net™ G5システムの統合コントローラ, azbil Technical Review, 2019
<商標>
ACTIVAL,Infilex,savic-netはアズビル株式会社の商標です。
<著者所属>
東海林 成樹 アズビル株式会社 技術標準部計測標準グループ
加藤 誠司 アズビル株式会社 技術標準部
太宰 龍太 アズビル株式会社 ビルシステムカンパニーマーケティング本部IBシステム部
この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2022年04月に掲載されたものです。
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- 高度に安定した校正環境を実現する新校正施設
- 液体流量計の開発と品質管理のための標準供給体制構築
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