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巻頭言:計測の信頼性確保に不可欠な計量標準

小畠 時彦
Tokihiko Kobata
産業技術総合研究所計量標準総合センター 計量標準普及センター長
Director of Center for Quality Management of Metrology, National Metrology Institute of Japan (NMIJ), AIST

正しく計測を行うためには,計量の基準となる計量標準が必要となる。計量標準は,国民生活や産業の基盤インフラとして,様々な分野・用途で広く利用され,目に見えない形で国民一人ひとりの日常の生活を守り,企業・大学等の事業・研究活動を根底から支えている。例えば,日常生活における電力・ガス・水道等の使用量や石油・天然ガス等の輸入における取引量の計量は,計量標準に基づいて適切に校正された計測・計量機器を用い,適切な方法・手順を採用することで,その信頼性を確保することができる。

計量標準にも様々な側面があるが,ここでは,「物理標準」と「標準物質」の2つに大別して説明する。「物理標準」は長さ・質量・温度・圧力・電気量のような物理的な計測を行う際に,計測機器の目盛りの調整を行う基準である。一方,「標準物質」は濃度や物性値などの化学的な計測を行う際に,計測・分析機器の目盛りの調整を行う基準となる物質である。我が国の計量法では,幅広い分野における正確な計量を確保するため,「物理標準」と「標準物質」の国家計量標準を定めている。これら計量標準の整備については,国家計量標準機関である産総研計量標準総合センター(NMIJ)が中心となり,国内の計量関係機関と連携・協力しながら開発・維持・供給に取り組んでいる。

計量標準は,いつの時代も商取引,産業支援,安全・安心な社会の実現のために必要とされてきた。近代以降,技術革新による産業構造変化が進み,経済発展,国際通商の拡がりを支えるために,国際的合意により計量に関わる国際的枠組みや計量標準の実現方法が定められてきた。国際的枠組みは,単位の確立と国際的な普及を目的とした「メートル法」を維持するための「メートル条約」や計量器の国際貿易の円滑化を図り国際法定計量機関を設立するための「OIML条約」,計量標準の技術的な実現方法は,単位の統一を実現し普遍的な国際計量標準を作り出すための方法手引き書である「国際単位系(SI)」が礎となっている。

企業・経済活動がよりグローバル化し産業のサプライチェーンが拡がる中で,1990年代中頃から,計測の信頼性確保の根幹をなす計量標準のさらなる利用が進められてきた。1999年には,国家計量標準の国際同等性の確保のため,メートル条約の主要加盟国間で相互承認取決めが締結された。この取決めにより,経済活動や取引の基本である計測・計量について,国家計量標準機関を頂点とする各国の計量トレーサビリティ体系を相互に信頼し,他国の国家計量標準の校正データを自国でも同等と認め,その校正証明書をそのまま自国でも受け入れる仕組みが構築された。その結果,国際的な計量標準の信頼性確保の枠組みが整理され,技術障壁のない公正な取引の促進に繋がっている。また,一般ユーザーの計測の信頼性確保に必要となる計量標準のトレーサビリティ体系の構築も各国で進められてきた。現在,我が国では,校正事業者の力を活用し,切れ目のない校正の連鎖を通して,NMIJ等が確立した国家計量標準を国内に供給するための計量トレーサビリティ体系が整備されている。具体的には,計量標準供給制度と校正事業者登録制度から構成される計量法トレーサビリティ制度(Japan Calibration Service System: JCSS)を中心に体系が整備され,ユーザーの校正に関わる利便性および信頼性の向上が図られている。

我が国の計量標準の整備は,2001年度以降,経済産業省の産業構造審議会の下部組織において策定された知的基盤整備計画に基づいて推進されている。2021年度から始まる10年間では,第3期となる整備計画に沿って,計量標準のさらなる普及啓発と利用促進を目指した取組みが進められている。

今後の世界の持続的発展のため,昨今,人類が直面している新型感染症や地球温暖化等による急激な環境変化や災害多発への対応等の社会課題を科学技術・イノベーションの創出により解決することが求められている。また,急激に進むデジタル化,グローバル化,産業・社会ニーズへの迅速かつ適切な対応も喫緊の課題である。このような状況において,時代の変化に合わせた計量標準の整備は必要不可欠であり,その重要性は一層高まってきている。

著者紹介:
1995年筑波大学大学院工学研究科物理工学専攻修了。博士(工学)。同年通商産業省工業技術院計量研究所入所。以来、計量標準・計測の研究に従事。2000年米国国立標準技術研究所(NIST)客員研究員。2001年独立行政法人産業技術総合研究所計測標準研究部門力学計測科圧力真空標準研究室主任研究員、2011年同室研究室長。2012年同所計測・計量標準分野研究企画室長、 2015年同所計量標準総合センター工学計測標準研究部門副研究部門長を経て2018年より同総合センター計量標準普及センター長。2012年-2015年アジア太平洋計量計画(APMP)質量関連量技術委員会(TCM)委員長、2013年-2015年計測自動制御学会理事、2015年-2018年国際計測連合(IMEKO)圧力真空計測技術委員会(TC16)委員長、ほかを歴任。

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2022年04月に掲載されたものです。