特集に寄せて

アズビル株式会社
アドバイザー
西本 淳哉

イノベーションはどのようにして生まれるのでしょうか。世の中では今もビジネスモデルとして,あるいは技術的に,従来の延長線上にないイノベーション(破壊的イノベーション)が起こっています。イノベーションが産業構造を変え,社会を変革します。

身近な例でいうと,レコードがCDに変わったときにレコード針は不要になりました。最近ではレトロブームで一部マニアの間で復活しているようですが,往年のような規模は望むべくもありません。ところが,昨今ではCDも不要になりました。データは半導体メモリに収納すればよくなりました。これも永遠にあるわけではなく,今や,メモリに収納するよりも,通信でリアルタイムに外から提供するようになっています。このような中で,レコードを販売するビジネスからネットでコンテンツを配信する時代となり,ビジネスモデル自体が激変しました。

このように,好むと好まざるにかかわらず,誰かがイノベーションを起こし,それが潮流となって産業構造が変わります。我々はその潮流に飲み込まれるわけにはいきません。我々開発者はその潮流をいち早く捉えて,他者に先駆けて挑戦し,自ら変わっていかなくてはなりません。望むらくは潮流を起こす側にならねばなりません。

イノベーションは身の回りで起こっています。羽根のない扇風機が登場したとき,なぜそれを思いつかなかったのか,開発者として悔しくありませんでしたか。ロボット掃除機が登場したとき,してやられたと思いませんでしたか。自動運転の車が登場したとき,我々も挑戦したいと思いませんでしたか。我々開発者は既存領域に安住することなく,新技術や新しい取組みに,常に感覚を研ぎ澄まさなければなりません。リスクを恐れず挑戦しなければなりません。

昨年9月,藤沢テクノセンターに2棟の新棟が竣工しました。竣工した新棟の1つはMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)開発棟です。アズビルはわが国で最も早く,1980年代半ばにMEMS開発に着手した企業の1つです。このとき建設されたMEMS開発棟は今も健在です。ここから,マスフローコントローラや差圧・圧力発信器,サファイア隔膜真空計など,多数のMEMS搭載機器が生み出されてきました。

アズビルは,ビルや工場,プラント等に様々な制御システムを提供しています。ここにも高度な制御技術やAIなどの先端技術が導入されています。またアズビルは,インターネットが世に出る前の1984年に通信回線でビルを遠隔監視,制御するサービスを開始しており,ネットワークでソリューションを提供するビジネスモデルの先駆者です。

技術は日進月歩であり,停滞は許されません。新たな技術に挑戦し,新製品を創出し,事業の幅を広げ,成長しなければなりません。停滞は後退と同じです。今,計測制御を取り巻く環境はIoT,DXなど様々な呼び方で表現されるような大きな潮流のただ中にいます。また,計測制御への社会的期待も,地球環境,エネルギー,ウェルネスなど,従来の枠組みを超えて,大きく広がっています。我々はこれらに応えて新たな計測制御の世界を切り拓かなければなりません。イノベーションを巻き起こさなければなりません。

今般竣工したもう1つの新棟には,イノベーションを起こす仕掛けが工夫されています。コロナ禍を経て働き方が変わりました。我々は,世界中から瞬時に,何百人でも連携し,共同して開発を進められるということを知りました。組織横断的な取組みが容易にできるということを経験しました。また,リモートワークが常態化したときに,人と人との出会いやフェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションが実は重要であることも実感しました。コロナ禍を経て,このような,広がりのあるネットワークで開発できる環境が整いつつあります。

開発は開発者の専売特許ではありません。クラウドアプリの開発などは,営業でもサービスでも施工でも,少しの素養とセンスがあれば,誰もが開発者になり得ます。外の世界からも挑戦を受けるでしょう。開発者は大競争時代に突入しています。開発者は自身の専門知識を極めながら,それと同時に広い視野を持って次世代の製品やサービスの開発に取り組まねばなりません。

新棟を用いて,このような要請に応える取組みがすでに始まっています。組織を越えて緩やかに人が交流することで新たな発想が生まれます。我々開発者は,個人の自己実現と企業成長のベクトルが同じ方向を向くような取組みを目指さねばなりません。新しいことに挑戦し,新分野を切り開き,技術で社会に貢献する企業でなければなりません。

今回の特集ではMEMS技術に焦点を当てました。 MEMS技術はナノの領域へと微細化が進み,動作原理も電波,超音波,磁界など大きく広がっていきます。ここからアズビルの飛躍を担う,社会に貢献する新たなMEMS技術が続々と生み出されてくることをご期待ください。

この記事は、技術報告書「azbil Technical Review」の2023年04月に掲載されたものです。